耐えるだけじゃなく、
面白みがあるからやめられない

〈狩猟者〉の目線で土地をとらえ、地図にはのっていない〈いい土地〉を見つけて狩りをし、極北の〈裸の大地〉を自由に動きまわるには、犬の力が必要だ―― 。これまで様々な探検をするも、〈犬橇にだけは手を出さない〉と決めていたという角幡唯介さん。しかし前作(『裸の大地 第一部 狩りと漂泊』)で経験した海豹狩りの失敗によって翻意し、本作で犬橇を始めます。
犬選び、犬の訓練、犬橇作り、時速20キロの犬橇での疾走。2年かけて犬橇をものにしたと思った矢先に、北の大地にまでコロナが押し寄せ、旅を続けるべきか苦悩します。そして訪れる犬との別れ。〈犬たちを一瞬たりともかわいいと思ったことはなかった〉と綴る格闘の日々は、〈自力〉を追求してきた角幡さんの旅の在り方のみならず、生き方をも変えていきます。刊行にあたり、お話を伺いました。

聞き手=編集部/構成=砂田明子
撮影=竹沢うるま

「耐えるだけじゃなく、面白みがあるからやめられない」北極狩猟漂泊行三部作『裸の大地 第二部 犬橇事始』角幡唯介インタビュー_1
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犬を怒鳴って殴る、
ストレスフルな日々

―― 本作は、北極狩猟漂泊行三部作の第二部になります。第一部の刊行インタビューで角幡さんは〈よく知っている土地を増やし、自由に移動できる土地を広げ、うまく北極を旅できるようになりたい〉と話していらっしゃいました。そういう旅のためには「犬橇」が必要だということで、最終的に12頭となった犬との“チーム角幡”が出来上がるまでの冒険が綴られます。

 三部作のなかで、読んでいていちばん面白いところかもしれません。冒険の本って、本番の旅よりも、プレ段階のほうが面白かったりするんです。試行錯誤して、失敗したり、うまくいったり、発見があったりという紆余曲折がふんだんにあるから。植村直己さんの本でも、犬橇を覚えるまでの村での生活を綴った『極北に駆ける』は人気が高いですよね。

「耐えるだけじゃなく、面白みがあるからやめられない」北極狩猟漂泊行三部作『裸の大地 第二部 犬橇事始』角幡唯介インタビュー_2

―― 読んでいて面白いぶん、角幡さんにとっては過酷ですよね。犬たちを怒鳴り、殴りと、怒り狂っていらっしゃいます。

 とくに最初の頃は、毎日はらわたが煮えくりかえってました。犬は思った通りに動いてくれないわけですよ。右へ行けと指示しても左に向いちゃって、滑って転んで痛い目に遭う、みたいなことの繰り返し。イライラするから怒鳴るし、手も出るんだけど、そうすると、さらに疲れるんです。氷点下30度の冷気を肺のなかに取り込むことによる消耗ですね。家に帰るとぐったり疲れて、怒鳴ってしまったなあと反省して、自己嫌悪に陥るんだけど、翌日、また怒鳴ってしまう。犬橇を始めて3年目くらいまでそんな感じでしたね。
 だから挫ける人が多いんです。犬橇をやろうとしたけどやめた、という有名な極地探検家の話を聞いたことがあります。冒険家って一般に、目的に向かってまっしぐらに、己の肉体の限りを尽くして進む人たち。犬橇は真逆の世界で、自分がどんなに頑張っても思い通りにならない部分があるから、ストレスなんです。

「耐えるだけじゃなく、面白みがあるからやめられない」北極狩猟漂泊行三部作『裸の大地 第二部 犬橇事始』角幡唯介インタビュー_3

―― でも、やめようとは思われなかった。

 それはやっぱり、耐えるだけじゃなくて、面白みがあるからですね。じわじわとだけど、犬との関係性が良くなっていくんです。犬が僕の言ってることを理解するようになっていく。僕も犬たちの個性がわかってくる。犬同士の関係性も大事で、ボスが決まり、ある程度走り込んでいくと、自分たちは一つの群れなんだ、ということを理解するようになっていくんですね。そうなってくると、やめられなくなります。

「耐えるだけじゃなく、面白みがあるからやめられない」北極狩猟漂泊行三部作『裸の大地 第二部 犬橇事始』角幡唯介インタビュー_4
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―― 〈犬=かわいい〉は普遍の真理ではあっても、犬橇においてそれは通用しないと書かれています。犬橇における犬は、私たちが知る飼い犬とは全く別のもので、犬橇は犬の処分とセットになっている現実もあるし、犬同士のボス争いや喧嘩の激しさにも驚きました。

 犬の喧嘩は放っておくと殺し合いに発展することもあります。実際に、僕の犬のウヤミリックが、預かってもらっている人の犬を嚙み殺してしまったことがありました。イヌイットは、こうした危険な犬とか、役に立たない犬を間引くんです。僕にとっては大事な犬だったので、しませんでしたが。

―― ウヤミリックは前作からの相棒ですよね。そのほか、初代先導犬となるウンマ、逃亡癖があるのに角幡さんが魅了されてやまないウヤガン……。彼らは殺し合いもするし、助け合いもする。この本の主役である犬たちの強い個性に惹きつけられます。

 自分が訓練した犬との間には物語が生まれるんです。犬橇の旅には、犬が突然暴走して、置き去りにされるなどのリスクはつきものだけど、それでもまた奴らと一緒に旅をしたいなとか、来年はもっと遠くに行けるかなとか、そういう楽しみができるんですよね。で、3年目くらいからは、僕がコントロールするだけでなく、犬の動きに任せちゃうことができるようになってきました。