「昨年までは走者の『けん制アウト』がタブーで、積極的な走塁がしにくかったんです。しかしキャプテンが、走塁に対する意識を改革してくれた」

戦いの「変化」について伊藤伶はこう説明する。象徴的な試合があった。4月4日、1勝1敗で迎えた関大との3戦目。1点差に迫られた8回1死一、二塁。二塁走者が猛ダッシュし、三盗に成功。次の一ゴロで本塁に突入し、追加点を挙げた。

ランナーは主将の出口諒外野手(4年=栄光学園)だった。盗塁でアウトになれば、勝負の流れが変わりかねないリスクもあったが、自分の判断で仕掛けた。思い切った走塁は今年のチーム方針だ。出口は明かす。

「今年は打てる選手が少ない分だけ、走塁で攻めていこうと話しています。新チームになって、選手から提案させていただき、監督にも認めていただきました」

貧打を脚力でカバーする。関大3連戦だけで10盗塁。思惑通りだった。だが、4月16日の同志社大戦は盗塁死を連発し、けん制でもアウトになった。警戒されるなか、盗塁を決めるのは簡単ではない。惜敗後、近田監督は「チームの作戦。盗塁アウトも計算している。思い切ってトライしてくれているのは評価できる」とうなずいた。壁にぶち当たりながらも前に進んでいる。

京大優勝は夢物語ではない

監督だけでなく、選手も本気だ。優勝するため、成功者をマネすることも始めた。1月、チームは初めてメンタルトレーニングを行った。主将の出口は言う。

「『リーグ優勝、本気で目指せ』と口に出して言うことが大事。優勝の景色を思い浮かべたりしています」

東京六大学で昨年、春秋連覇した慶応大野球部のメンタルコーチを講師に招き、SBT(スーパー・ブレイン・トレーニング)に励んだ。出口は続ける。「慶応さんが『ありがとう』をチーム共通のワードで使う。それを模しています」。この春、京大ベンチは「ありがとう」を連呼している。じっくり球を見極めた打者には「球数を見せてくれてありがとう!」と声が飛ぶ。前のめりに戦い、チームに勢いを与えている。

もちろん、戦いはひたむきなだけでは勝てない。京大ナインは、したたかさも備えていた。関大との3戦目。先発は下手投げの愛沢祐亮(4年=宇都宮)だった。登録は捕手。意表を突く抜てきはハマり、4回無失点。大金星に貢献した。

実は投手として、ひそかにオープン戦でも投げていた。だが、公式SNSに書く試合の登板投手から名前を外していた。「アンダースロー対策は難しいですよね。極力、隠そうと」。そう明かすのは将来、プロ野球球団のアナリストを志望する投手担当学生コーチの三原大知(4年=灘)だ。春の飛翔は秀才たちが知略をめぐらせた日々の成果でもあった。

キャプテンは言う。「野球がヘタでも強いチームに勝つことができる。相手よりしっかり考えて、相手の弱いところを突くことです」。弱さを受け止めながら、前を向いて戦えている。シーズンの最終盤、令和4年度春季リーグ戦の優勝は消えたが、次のチャンスがある。秋季リーグ戦で京大が優勝すれば、戦前の1939年秋以来、83年ぶりとなる。