「女心がわかっていない」と白髪染めを購入
これで独身生活とはおさらばできるかもしれない。
そんな期待を抱いて足を運んだ結婚相談所だったが、担当者からは開口一番、こうアドバイスされた。
「久志さん、髪を染めてください」
久志は難色を示した。
「髪を染めるのは嫌ですよ。素のままの自分がいいです」
素直な気持ちを伝えただけだったが、担当者からはこう言い返された。
「久志さん、それは違うんですよ。女性はあなたと同じ目であなたを見るのではなく、女性自身の目で久志さんを見るのです。その時に、実年齢はどうしようもないけど、女性は若い人を好む。そういうものなんです。あなたは女心が全然分かっていない」
結婚相談所を出た久志は、その足で薬局へ行き、白髪染めを買った。
久志が当時を振り返る。
「それぐらい僕の人生は社会との接点がなかったのです」
大学の同級生たちが早々と試験に合格し、あるいは大手企業に就職し、結婚して子供の成長を見届けるという人生の階段を駆け上がっていく中で、久志は試験に挑み続けた結果、長い空白期間ができてしまった。それを突然、埋め合わせようとしても、失った時間を簡単に取り戻すことはできなかった。