「国家試験合格」という呪縛
久志が結婚できなかった背景には、経済的な問題が大きな要素を占めていた。
「僕は受かると思っていたんです」
東京の有名私大医学部を卒業後、医師国家試験一筋で勉強に打ち込んできたが、何回挑戦しても悲願は成就しなかった。
試験を受け続けて歳を重ね、合格せずに挫折をしてしまえば、年齢や職種によっては人生の軌道修正や社会復帰をするのが困難な状況に陥る。それでも夢を諦めきれずに、一発逆転ホームランを狙ってひたすら走り続ける––––––。
諦めた時にはすでに30代半ばに差し掛かっていた。社会人としてスタートするには難しい年齢だ。その上、久志には「試験に受からなかった」という引け目が、その後の人生でも何かと胸につかえていた。
「学生時代の友達とかを見ると、医師になった人が何人もいる。だから受からない自分が格好悪くて。もはや人間じゃないとまで思っていました。そのせいで、異性に対する踏ん切りがつかなかったというか、出会いがなかったというか」
医師国家試験に合格することが人生のすべて。
その固定観念に縛られてきた久志にとって、医師を諦めることは人生の敗北を意味した。その道を外れた後、法律事務所などでアルバイトをしていたが、収入が十分でなかったことから、女性に対してはさらに奥手になっていた。ちょうど50歳になった時、知人の紹介で都内にある教育関係の会社に転職し、年収が800万円に跳ね上がった。高額収入を初めて手にした久志は、結婚相談所へ駆け込んだ。
「それまではお金がないから結婚できないと思っていたんです。髪結いの亭主は嫌だったので。自分は女性を食わせたい、養いたいっていうのが正しい生き方だと。だから単純に、お金がないと結婚できないですよ」
昭和的な価値観といえばそれまでかもしれないが、久志は結婚の条件として「自らの安定した収入」を念頭に置いていた。