『静かなるドン』が時代を超えて愛される理由

さらに予想外だったのが、長年に渡って男性向け漫画誌に掲載されていた『静かなるドン』が、電子書籍の市場で若者や女性の読者を獲得したことだ。

なぜ『静かなるドン』は電子書籍で爆売れしているのか!?昭和、平成の連載漫画が令和の今も色褪せない理由(後編)_2
主人公・近藤の名言と恋愛ストーリーも秀逸

Twitterでは若い女性と見られる読者の感想ツイートも多く、森川氏もそんなところにニーズが隠れていたとは思ってもみなかったという。当の新田氏も電子書籍で女性ファンを獲得するとは想像もしておらず、森川氏がそのことを伝えるとたいへん喜んでいたそうだ。

「『漫画サンデー』を読んでいる若い女子なんていませんし(笑)、まさか女性読者がこんなに増えるとは思っていませんでした。今の読者は『漫画サンデー』という雑誌があったことも知らないし、中山秀征さん主演でドラマ化されたことも知らないでしょう。連載当時とまったく違う読者にウケたというのは、おそらく他に例がないことだと思います。最初の読者層と電子書籍での新しい読者層で、2作品分の爆発が起きたという感覚ですね」

全108巻という壮大なスケールで物語をしっかり描き切っていたこと、1話完結ではなく軸になるストーリーを確立していたこと、電子コミックサービスが潜在的なニーズを見逃さずにプロモーションを打ったこと……こうした要素が組み合わさって、『静かなるドン』は新たな読者層を獲得した。

しかし、なによりも重要なのは、昭和と平成を駆け抜けたこの作品が、令和の時代に読んでも古臭さを感じさせない魅力を持っていたことだ。サラリーマン社会の人間ドラマとヤクザ物ならではの矜持と義理人情、そしてヒロイン・秋野明美との淡い恋――。そこには世代を問わず多くのファンに愛される、普遍的な魅力が詰まっている。逆に言えば、『静かなるドン』はそれだけ長い間、過小評価されていたということだ。

なぜ『静かなるドン』は電子書籍で爆売れしているのか!?昭和、平成の連載漫画が令和の今も色褪せない理由(後編)_3
部長や組幹部の憎めない名脇役たち

「題材はヤクザですが、静也と秋野さんの恋愛ドラマもあって、そこのドキドキ感や切なさはいつの時代も普遍的なものですよね。プリティの川西部長や新鮮組の生倉など、脇を固めるキャラクターも魅力的。ギャグの描写も古くなると笑えないこともありますけど、『静かなるドン』は不思議と今でも笑えます。時代を経てもいいものはいい、というある意味では当たり前の話かもしれませんが、それだけの強度がある素晴らしい作品だったということです」

『静かなるドン』が電子書籍の市場で再び脚光を浴びるのは必然だったと言えるだろう。だからこそ、特別なことはなにもしなくても、時代を超えて読者の心を掴むことができたのだ。

前編 (特別なことは何もしていないはずが、大ヒット!)はこちらから

取材・文/山本大樹 ©新田たつお/実業之日本社