忘れられない祖母の悔し涙

さらに永井さんが重視しているのが障がい者への支援だ。子供の頃から知的障がいを持つ叔母と一緒に暮らした経験があり、子どもながら叔母の世話をするヤングケアラーでもあった。

「祖父が琵琶の先生をしていて、イベントに祖父母が行く際は、叔母と私たち兄妹3人が残ることがありました。叔母は知的障がいに加えて、脳性麻痺で手足があまり動かないんです。自分の意識がなくなる時があって、話しかけても全然反応しない時があったり、逆に感情を爆発させて叫んでしまう。叔母はコーヒーが好きでキッチンも自分で行って、お湯を沸かすのですが、それも一人では危ないので 私たちが止めていたりしました」

【グラビアアイドルから政治家へ転身】なぜ元ミスFLASHは政治家を志したのか? 地方議会の「高齢化」「男性社会」「なり手不足」に一石を投じるさいたま市議会議員・永井里菜が忘れられない祖母の悔し涙_6
幼少期の話をゆっくりとハッキリした口調で話す永井さん
すべての画像を見る

永井さんには忘れられない言葉がある。

「叔母が外に出る時には私が手をつないで一緒に外に出ていました。ある時、家族で外に一緒に出かけた際、通りがかった子連れのお母さんが叔母の方を見ながらお子さんに『悪いことしたら、ああなっちゃうよ』と怒っていたのが聞こえたんです。
それを聞いた祖母は悔し涙を流し、そこからは叔母をあまり外に出さなくなりました。最近は表に出てくる障がいを持つ方も増えていますが、偏見はまだ根深いと思います。そうした偏見をなくすためにも教育の現場であったり、もっと交流の場が増えることが重要だと考えています」

また障がい者の自立のため、永井さんは障がい者の雇用の場を増やすことに取り組みたいと話す。

「企業の雇用が少ないので、働きたくても働けない人が多い。高木議員と所沢市にある国立職業リハビリテーションセンターという、障がいを持った方が仕事を勉強する場所に行きましたが、そこでも『会社に入れない。ここで勉強してもそれを生かすところがない』と企業側の受け入れがあまりないとの話を聞きました。
大企業だと、障がい者雇用の場所はあるんですけど、一般の中小企業とかではなかなか難しい。そうした障がいの方の就業の機会を増やしていけたらと考えています」

ひとり親世帯支援、そして障がい者支援。自身の体験を生かし、誰もが安心して住み続けられるさいたま市に変えていく所存でいる。

【後編「『グラドルは議員を目指すべきではない』といわれて」へつづく】

取材・文/徳重龍徳  撮影/村上庄吾