エル・デスペラードを苦しめた3歳児死亡のニュース
トップに立つプロレスラーには観客を沸かせるだけでなく、様々なメッセージを伝える衝動が生まれるのだろうか。
「う~ん…それはレスラーによって違うと思いますよ。何も考えないでリングに上がっているヤツもたくさんいますし、もしかしたら、そっちの方が多いのかもしれません。ただ、俺っちは、自分がトップとかそんなことは思っていないけど、プロレスラーとしてリングで闘うだけじゃなくて、何かを伝えなきゃいけないと思っています。
その時々に現実の日常で起きたことに対して、『それは許せねぇ』と思うと伝えずにはいられない衝動が生まれるんです」
それはどうしてなのだろうか? その質問に葛西は即答した。
「それが葛西純なんです。そこに理屈や意味はないんですよ。それが葛西純っていうプロレスラーなんです」
喜怒哀楽、すべての感情を肉体で表現するプロレスラー。葛西はデスマッチという究極の「非日常」で流血することで「日常」で血を流すことの不条理を訴えているのだ。ウクライナ侵攻のような現実に起きている理不尽な出来事を背負って闘っているのは葛西だけではない。
昨年9月12日、国立代々木競技場第二体育館で葛西と闘ったエル・デスペラードも同じだった。試合に勝利したがリング上で葛西から「死んでもいい覚悟なんて捨ててしまえ!」と突きつけられて号泣した試合後のバックステージで、デスペラードは苦しい胸の内を明かした。
デスペラードを苦しめていたのは、葛西戦の1週間前となる9月5日に静岡・牧之原市の認定こども園で3歳の園児がバスに置き去りとなり、熱中症で死亡した事件だった。自宅でこのニュースを知った時、憤りで激しく動揺したという。
現実社会で起きた理不尽な出来事を前に、心の葛藤を抱え込んで葛西と対峙したことを振り返った。
「軽々しく(試合前に)『死んでもいい』とか(ツイートして)…まだ俺、そんなレベルだったのかと自分の幼稚さに驚きました」
3歳で命を落とした園児がいる。にもかかわらず「死んでもいい覚悟」と口走った自分をデスペラードは素直に恥じた。葛西のメッセージが一人のトップレスラーを突き動かしたのだ。
そしてデスペラードは誓った。
「また必ずちゃんと成長してちゃんと鍛えて、もう1回必ず強くなって必ず葛西さんとやらせていただきます」