銭湯で異臭騒ぎ。解剖で染み付く臭いとの闘い

––年間300件のうち、田島さんが対応されているのはどのくらいですか。

50件くらいですね。平均して1週間に1回くらい現場に行ったり、保存されていたストランディング個体を調査したりする、という感じでしょうか。まったくストランディングの報告がない月もあれば、保存されていた個体を一気に受け入れるときもあって、対応数には波があります。

また通報をもらっても、行けない場合があります。先日、佐賀県の小さな島に体長13メートルのマッコウクジラが上がったという情報があったのですが、現場への陸路がなく、海からしかアプローチできない場所で。

どうなるのかやきもきしていたら、自治体の方がなんとか処理したようです。ヘリコプターがあればすぐにでも行けたんですけど、さすがにストランディングのためにヘリコプターを出してくれることはないですね。

【海獣学者に訊いた】大阪湾の淀ちゃんだけじゃない。国内では年間300件も発生。浜や河川にクジラやイルカが迷い込む「ストランディング」の実態とは?_3
ストランディングしたセミクジラの調査を行う田島木綿子さん(写真:国立科学博物館)
【海獣学者に訊いた】大阪湾の淀ちゃんだけじゃない。国内では年間300件も発生。浜や河川にクジラやイルカが迷い込む「ストランディング」の実態とは?_4
ストランディングしたマッコウクジラの調査を行う田島木綿子さん(写真:国立科学博物館)

––たとえば気温が氷点下になる地域だと、死体の腐敗が遅くなり、対応しやすかったりするのでしょうか。

実はそんなこともないんです。寒い地方でのストランディングは、死体がすぐに腐ることはありませんが、逆にカチカチに凍って解剖できない場合があります。そのため、死体を室内に移動する必要があるんです。

北国の最終処分場は、土地柄必ず室内。我々も、ぬいぐるみや布団などが捨てられているゴミの大型処分場や、ある程度の広さがある堆肥場で解剖作業をしたことがあります。

––逆に夏場は腐敗とのスピード勝負になりそうです。

夏場の作業は、本当に過酷です。ストランディングした死体は3日経つだけで、見るも無残な姿になってしまいます。クジラは脂肪の層が厚くて、内側に熱がこもるんですよね。3日もすれば内臓はドロドロに溶けてしまいますし、体内でガスが発生して体が膨張してきます。最悪、破裂してしまうこともあるんです。

そうなると臭いもしてくるので、地元住民の方が「早く処理して」と言うのも仕方ないことかもしれません。海の哺乳類の死体は、自治体の判断で粗大ごみとして処理していいことになっています。だから処理されてしまう前に、できるだけ早く現地に行って、自治体と交渉して、並行して重機などを手配して、解剖の準備をしないといけないんです。

【海獣学者に訊いた】大阪湾の淀ちゃんだけじゃない。国内では年間300件も発生。浜や河川にクジラやイルカが迷い込む「ストランディング」の実態とは?_5
特に過酷な夏場の調査作業。写真は2018年8月に神奈川県・由比ヶ浜に漂着したシロナガスクジラの赤ちゃん(写真:国立科学博物館)

––腐敗臭はすごそうですね…。

私はもともと獣医なので、哺乳類の死体の臭いはそこまで気にならないんですが、解剖作業のあとは臭いがカッパや衣類、皮膚や髪にも染み付いてしまって、その後の移動が大変です。遠方でストランディングがあった場合は、ホテルに泊まったり、飛行機で移動したりする必要もある。各場所で異臭騒ぎが起きないように、とても気を遣います。

飛行機で移動する場合は、必ず公衆浴場などで体を洗ってから乗るのですが、入浴前の脱衣所で異臭騒ぎになることもよくあります。銭湯の従業員も、まさかクジラを解剖した人たちが来ているとは思わないから「誰かが吐いたんじゃないか」「使用済みのオムツが放置されているんじゃないか」とか思うみたいで、ロッカーの点検が始まったりするんです。そうなったら、とにかく急いで浴場に向かいますね(笑)。