シリアスなシーンを書いていると
くすぐったくなります

―― 第三話「シレーナの大冒険」は、バーチャル世界が登場するという点で、異世界感が強い物語です。

 他とは毛色が違う作品なので、この短編集に入れるか迷ったのですが、深いところで他の短編と通底するものがあると思ったし、バラエティに富んだ短編集のほうが読者の方も喜んでくださるかなと。

―― 時代は「冷和二十五年」と、6作の中ではもっとも遠い未来になります。

 この作品でやりたかったのは、人間と二次元との恋愛を、二次元の側から見てみることです。例えばアレクサに毎日話しかけていると、愛着が湧いてくることってあると思うんですけど、アレクサの側から見たら、人間ってどうなんでしょうと。機械は人間に都合よくプログラムされているわけだから、アレクサの抱く感情は「恋愛」とは言えないのか……という物語を通じて考えたかったのは、翻って人間が感じる恋心は、本当に自分で決めた感情なのだろうか、ということです。日本で可愛いとされているものと、他の国で可愛いとされているものって全く違うことがありますし、時代によっても変わってきますよね。そう考えると、例えば自分が恋人に感じる「好き」は、純粋に私の気持ちなのか。世の中にまかり通っている基準や文化がしみ込んだ「好き」に過ぎないのではないかと、疑ってしまうんですよね。
 ここまで話してきて気づいたのですが、私がこの短編集を通して問いかけているのは、人間の常識とか礼儀とか感情とか思考も含めて、自分たちで決めているとされていることは、実は外部に決められていませんか、ということだったように思います。

―― 第四話「健康なまま死んでくれ」は打って変わって、身につまされる物語です。「労働者保護法」が制定された「隷和五年」。企業は社員の健康管理に躍起になりますが、それは社員の安全と健康を守るためというより、過労死などによる株価暴落を防ぐため。その結果、弱者は切り捨てられ、社員の労働環境はむしろ悪化していく……。悲しいかな、ありそうと思ってしまいました。

 これはいちばん現実に近い話ですね。とくに労働関係の法律は、本来の目的とは反対の方向に働くことって多いんです。例えば労働者派遣法には、3年以上同じ職場で同じ仕事をさせていたら正社員にしてください、といういわゆる「3年ルール」があります。正社員化を進めるために作られた法律ですが、実際に運用すると、企業は3年経つ前に派遣社員の契約を打ち切るようになってしまった。その結果、派遣社員の方たちは3年ごとに違う職場や職種に移らざるを得なくなって、専門性が身に付かなくなってしまったんですね。これは法律の不備だと私は思います。法律は人が作るものなので少しずつ改良していくべきですが、その手が及んでいない。またルールがいったんできると、ルールを破る人が悪いと考える傾向が日本では強いことも問題の一つだろうと思います。

―― 介護問題を抱えた主人公ら、労働者たちのあっと驚く反逆が描かれますが、シリアスな物語の隅々にブラックユーモアが効いています。まず、大手通販サイト運営会社の社名が「ヤマボン」。つい頰が緩んでしまいます。

 真面目に書けないんですよ。実生活でも校長先生の話を聞いている途中に笑ってしまったり、上司に怒られれば怒られるほど笑っちゃうようなところがあって、小説でも、シリアスなシーンを書いているとくすぐったくなるというか。照れ屋なのかもしれません(笑)。で、どうしても明るくなってしまうというか、笑える方向に転んでしまう。重厚な物語が読みたいという読者の方の声も聴いたことがありますし、真面目に書けと怒られたこともあって、自分でも悩んでいたんですが、デビュー前に通っていた小説教室の先生に言われたんですね。重厚な物語を書く作家さんはたくさんいますから、明るい話を書けるなら書いたほうがいいですよと。そう言ってもらったことで、こうなっちゃうのは仕方がないと開き直ることにしました。
 それからこの短編集は、大好きな筒井康隆さんの短編集と、東野圭吾さんの『○笑小説』シリーズの影響を受けています。ああいった黒い笑いを書いてみたかった。

「作家は作品で自己表現すべき」を疑う

―― 第五話の「最後のYUKICHI」は現金が廃止された「零和十年」の日本で、現金保持者とYUKICHIハンターとが熱い戦いを繰り広げる、痛快な一作です。

 時系列でいうと最後に書いた作品ということもあって、バーンと笑って終わってもらえるような展開とラストを考えました。

―― 現金が廃止された理由が、外圧(国際潮流の圧力)と、新型感染症への“不安感”というのは、日本社会への痛烈な風刺になっていると思います。

 日本ぽいですよね。科学的に考えたらそれほどリスクがないことでも、何となくダメということになっているからダメということにしておこうみたいな空気ってありますし、一度決まったことだからと、時代が変わっても謎の校則がずっと残っていたりもする。そういうなかで、いろんな理由でその空気に乗れない人たちがドタバタする話を書いてみました。

―― そして最終話の「接待麻雀士」。認知症予防に効果があるとして賭け麻雀が合法化された「例和三年」、麻雀一筋で職人肌の接待麻雀士・塔子が、ある接待麻雀で窮地に陥ります。ご自身の経験を生かされた作品でしょうか?

 これは麻雀の経験を活かして、自分の「作家性」みたいなものに向けて書いた作品です。例えば今、SNSで政治的な発言をする作家って少ないと思うし、私自身もしていないんですが、それでいいのだろうか、という気持ちがあるんです。社会的な影響力があるんだから発信したほうがいいという意味ではなく、作家であると同時に人間なので、人間として普通に考えたり感じたりすることがあるんじゃないか、という観点からそう思うんですね。作家なんだから作品で自己表現すべき。そういう考え方もよくわかるし、私も作家道を突き進んでいくのは楽しいんだけど、一方でそれはある種の視野狭窄とも言えるんじゃないか。また、作品以外で言えないことが増えていく怖さもあるんです。たぶん作家に限らず、芸事を突き詰めていくと芸事に個人が食われるようなことがあるんじゃないかという、当時の悩みが滲み出た作品ですね。その悩みは今も継続しているんですが。

―― 容姿や言動など、麻雀の「外」で注目を浴びる塔子の後輩・由香里の存在が、卓上だけで生きようとする塔子を揺さぶります。

 彼女もある意味で私自身なんです。今はなくなりましたが、デビュー直後は、著者の経歴とかキャラクターとか、作品以外で勝負しすぎだとけっこう批判されて、私にはそういう意識はなかったのですごく驚いたんですね。だから不器用に生きている塔子としたたかそうな由香里、どちらがいいとか悪いとかではなく、芸事をしている身として、ピュアな芸事とその周りのいろんなことを考えたのがこの作品です。
 ここに出てくる接待麻雀は、実際に使えるんですよ。相手を勝たせるための実現可能なイカサマをものすごく考えて書いたので、接待麻雀をやる方がいたら試していただきたい(笑)。それから私は大学院時代に、「賭博罪とカジノ法案」をテーマに論文を書いて賞をもらっているんです。いろんな点で、私らしい作品になりました。

―― 最後に、タイトルにある「健全な反逆」とは、新川さんにとってどのようなものでしょうか?

 批判精神だと思っています。学問的な「批判」とは、人の言っていることや社会のルールを鵜吞みにせず、自分の頭で考えること。それこそが健全な反逆だと私は思っています。
 それにしてもこれまで宇宙人ぽく、世の中に違和感を抱きながら生きてきたからこそこの短編集が書けたわけで、社会からずれつつも零れ落ちないように、なんとか生きてきた甲斐がありました。楽しんでいただけたら嬉しいです。

令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法
著者:新川 帆立
ルールを鵜呑みにせず自分の頭で考える。それこそが健全な反逆 『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』新川帆立インタビュー_2
2023年1月26日発売
1,815円(税込)
四六判/272ページ
ISBN:978-4-08-771821-8
通称:令和反逆六法——
六つのパラレル・レイワ、六つの架空法律で、現行法と現実世界にサイドキック!

「命権擁護」の時代を揺さぶる被告・ボノボの性行動、「自家醸造」の強要が助長する家父長制と女たちの秘密、「労働コンプライアンス」の眩しい正義に潜む闇……。
痛烈で愉快で洗練された、仕掛けだらけのリーガルSF短編集。
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