どんな読者も拒まない抱擁力
「食」がテーマの小説は数あれど、名品中の名品だ。作中、食べてみたらあまりにおいしくて爆笑してしまうという描写があるが、本書を読んでいる最中に生じた反応も同様だった。うまい。面白い!体全体が喜んでいた。
とある地方都市を舞台に据え、基本は一話独立ながらも登場人物たちが絶妙にリンクする全四話+αの連作集だ。冒頭の一編「ほほえみ繁盛記」は、とんかつの名店の大女将・梅山笑子がテレビ番組に出演し、オムライスのようなかつ丼、という名物メニューをお披露目するところから物語はスタート。リポーターの「どうしてこんなかつ丼を作ろうと思ったのか」という一言から、回想のスイッチが入る。メニュー考案のきっかけは、若いボクサーの存在だった。そこから繰り出されるエピソードは意外に次ぐ意外。その後、納得に次ぐ納得。ホロリとくる人情噺として満点の仕上がりだ。
キッチンカーで奮闘していた夫婦は、実店舗を手にして新メニューのスパイスカレー開発に挑み、主が急死したラーメン店をひょんなことから継いだアラサー女性は、記憶の中の味を再現しようと試行錯誤し……。本書は二〇一九年刊『本日のメニューは。』の続編、シリーズ第二弾としても楽しめる。前作の最終話「ロコ・モーション」のテイストが、強く影響している気がしてならない。料理人がメニュー作りに奮闘するプロセスを追うことはミステリーになるし、食べてもらう喜びを書くことは熱いドラマになる、そう自信を持って著者は筆を進めている。そのうえで、「食」と「小説」をリンクさせている。小説を書く・読む楽しさと、ご飯を作る・食べる楽しさは相似形にある。その気付きが、前作以上の熱気と深みを本書にもたらしている。
食べることが好きではなかったり食物アレルギーを持つ人物も登場させることで、「食」を巡る状況を広く捉え、どんな読者も拒まない抱擁力を獲得している点にも痺れた。名店の条件は、もう一度行きたくなること。更なる続編、期待しています。