臭いものには蓋をしようとするテレビの体質

そんな村本さんを追ったのは、外国人受け入れに対する日本の不寛容さに翻弄される在日クルド人青年を描いたドキュメンタリー映画『東京クルド』で注目を浴びた日向史有監督だ。

監督はこれまで、ウクライナ東部紛争時の徴兵制度を取材した「銃はとるべきか」(NHK BS1)や、戦争から逃れて日本に暮らすシリア人一家の行き詰まる生活をカメラに収めた「となりのシリア人」(日本テレビ)などを制作。紛争や難民問題を軸に、国家などの「大きな力」に対峙する個人をテーマに映像作品を発表してきた。

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日向史有監督。1980年生まれ。テレビ版「村本大輔はなぜテレビから消えたのか?」(21・BS12)は、第11回衛星放送協会オリジナル番組アワード、2021年日本民間放送連盟賞番組部門のテレビ報道番組・優秀賞、映文連アワード2021の審査員特別賞を受賞するなど高く評価された。撮影/増保千尋

日向監督が本作で村本さんを被写体に選んだのは、「もともとアメリカのスタンダップコメディが好きだったから」だという。『東京クルド』がきっかけで中東の文化に興味を持った監督が魅せられたのが、イラン系アメリカ人のコメディアン、マズ・ジョブラニ氏だ。

9.11同時多発テロ事件後のアメリカでは、イスラム嫌悪が蔓延した。ジョブラニ氏は、笑いでムスリムへの偏見を払拭し、社会の流れを変えようと、エジプト系やパレスチナ系アメリカ人らと「悪の枢軸コメディツアー」と名づけたお笑いグループを結成。宗教や人種をネタにした笑いを、国内外で披露した。

「自分のルーツを強烈な笑いに変え、大観衆を沸かせるその姿に感銘を受けた」と話す日向監督は、自らも笑いをテーマにドキュメンタリーを撮りたいとリサーチを始め、その過程で村本さんの存在を知る。そして初めて舞台を見に行った際、政治ネタの熱量に圧倒された日向さんは、2019年から本作の撮影を開始した。

ところが、テレビや社会という「大きな力」に阻まれ、制作は難航する。村本さんが映画で語ったところによれば、撮影開始時にはテレビドキュメンタリーとしての放映が決まっていた。

だが、同じ頃、村本さんがSNSで大麻の合法化を訴えて、炎上。背景には医療用大麻の効能を知ってもらいたいという思いがあったが、番組の放送はお蔵入りになってしまったという。

その後2021年3月に「村本大輔はなぜテレビから消えたのか?」(BS12)の放送が決まるまで、発表の場もないまま日向監督は村本さんを撮り続けた。

長くテレビ業界に身を置いてはいたものの、監督自身はテレビの表現の自由については、「こんなものだと思っていた」と語る。ところが、村本さんを撮りはじめたことで、臭いものには蓋をしようとするテレビの体質を身をもって知ることになる。

過去に村本さんが出演した番組の映像の使用申請をしたところ、許可が下りないこともあった。また「テレビ版『村本大輔はなぜテレビから消えたのか?』の致命的な欠点」と日向監督が語るのが、当時テレビ局側にインタビューに応じてもらえず、コメントを含められなかったことだ。