熱意は人を動かす

 外国人でありながら通訳を介さずに日本語で直接指導してくれる点も、名ヘッドコーチと言われる理由の1つです。トムの指導が厳しいと感じるのは、日本語の言い回しがストレートであることも影響しています。ただし、ストレートな日本語で伝えてくれているからこそ理解しやすいというメリットがあるので、慣れてしまえば問題はありません。
 
 蛇足ですが、日本語を話しているときに、ふいに横文字の言葉が出てくると、やたらと発音がいいので、「ああ、やっぱりアメリカ人なんだな」と我に返るときがよくありました。
 
 私がトムから強く感じたのは、何といっても熱意です。

 他国では考えられないくらい小柄な選手がそろった日本代表チームに、トムは本気で金メダルをもたらそうと考えていました。そのためにはどうしたらいいのか、どうやったら世界に勝てるのか、その方法をいつも探っていました。これまで日本のバスケチームが成し遂げたことのない「オリンピックでの金メダル獲得」という目標を最初に打ち出し、それに向かってチームを約5年間導いていくのは本当に大変だったでしょう。しかも、最初から最後までどんな状況でもブレることなく、目標を掲げ続けたのです。

〝小さなチーム〟が〝大きなチーム〟に勝つための戦術について研究し、それを日本チームにうまく落とし込んでくれたことが東京五輪の結果に繫がったのは間違いありません。選手以上に負けず嫌いというトムなので、母国の代表チームといえども、絶対に負けたくないという気持ちは誰よりも強かったはずです。

勝利を引き寄せた「確信」

 東京五輪のグループリーグでは、抽選の結果、世界ランキング10位(当時、以下同)の日本チームは、5位のフランス、14位のナイジェリア、そして1位のアメリカといった強豪チームと同じグループBに割り当てられます。日本にとっては〝死のグループ〟だったのです。

 全体のシステムを簡単に説明すると、グループは合計で3つ。各グループ内のチームが総当たりで対戦し、各組上位2チームと3位チームのうち成績上位2チームが決勝トーナメントに進出する方式でした。決勝トーナメントに確実に進出するには、アメリカという最強チームがいる中で、最低2つ勝たなくてはなりません。

 ランキングでは日本よりも下位に位置するナイジェリアですが、選手たちの身体能力は高く、前年の最終予選でアメリカとの対戦で第4クォーターまでリードを奪うほどの実力を見せつけていました。一方のフランスは、メダル獲得を確実視されるほどのいい状態で大会に臨んでいたので、こちらもかなり手強い相手だったのです。
 
 これらのチームを相手に、決勝進出を確実にする上位2チームに入るのは、大きなチャレンジと言えました。7月に行われる初戦の相手がフランスと決まると、4月の合宿時点から私たちはフランス対策に力を入れました。その努力が実り、74対70という僅差で見事フランスに勝利したのです。これがチームに勢いをもたらします。

 初戦のフランス戦で勝ったとき、私たちは「自分たちがやってきたことは間違ってなかった」という確信を持ちました。チームの団結力が一気に上がり、雰囲気は最高でした。メンバーの誰もがリラックスしながら試合に臨んでいたのです。
 
 このままやれば絶対に勝てる――。
 この時点で、私はそう確信していました。そんな手応えを感じさせてくれる重要な試合だったのです。

 次に対戦したのはアメリカでした。日本チームは86対69で惜しくも敗れてしまいます。しかし、このとき私たちは「次にやったら勝てるんじゃないか」という感触をつかむのです。気を引き締めて臨んだ第3戦目のナイジェリア戦では、102対83で勝利を収めることができました。こうして日本はグループ2位の成績を残し、決勝トーナメントに進出したのです。