「最近のエンタメの動向がこれ1冊でわかります」とあえて紹介したい

三宅:ここ1~2年で、ネット上でのファスト教養的なものに対する議論ってすごく盛んになりましたよね。それこそレジーさんも本の中で触れられていましたが、映画『花束みたいな恋をした』(以下『はな恋』)が流行った2021年の2月頃は特に多かった気がします。

そういった論点が体系的にまとめられている本はまだなかったと思うので、レジーさんの今回の本は、ファスト教養についての議論をする上での基礎になるような1冊だなと思いながら拝読しました。

レジー:ありがとうございます。三宅さんがいま『はな恋』を挙げられましたが、僕はあの映画の、社会人になって文化的なものとの距離が少しずつ離れていく描写をすごくリアルだなと思って観ていました。

僕自身も、いまは会社員をしながらこうやって本を書いたりしてるんですけど、社会人になって生活環境が大きく変わったばかりの頃は、もうこのまま音楽とかあんまり聴かなくなっていくのかな……と感じていたので。『はな恋』の主人公の麦が、社会人になってパズドラしかできなくなっていくシーンがあるじゃないですか。あの感じってすごくわかるんです。

三宅:ああいう時期、ありますよね。私も大学時代、就職して本を読む時間がなくなることがいちばん怖かったです。私の場合は幸い、大学院に通っているときに書評の本を出せることになったので、こういう活動をしながらであれば本から離れずに働けるかも、と思って就職に踏み切れたんですが、周りを見ていても、社会人になって本から離れていく人は多かったです。

レジー: 『はな恋』では、いままで文学に関心があった麦くんが起業家、前田裕二のビジネス書『人生の勝算』(幻冬舎)を読んでいるシーンが描かれて、SNSでいろんな反応がありましたよね。

でも、ああいう本に気持ちが持っていかれる感覚って共感するんです。僕も新入社員の頃は、『日経ビジネスアソシエ』の手帳術特集とか熱心に読んで取り入れてましたし。

その一方で、意外ともっと歳を重ねてから、それまでとは違ったかたちで文化と向き合えるようになることもある、というのは自分の実体験として感じるんです。だから、もう少し大人になったときの麦くんを、今回の本の想定読者として置いているところはあるかもしれません。

三宅:麦くん、『ファスト教養』読むかもしれないですよね(笑)。

レジー:いや、読んでほしいなと思うんですよ(笑)。読んですぐにはピンと来なくても、何年後かに「あ、そういうことだったのか」って思ってもらえるといいなって。

三宅:すぐに伝わらなくてもいい、というのは本当にそうですよね。それこそ私が書評家として『ファスト教養』を紹介するなら、今年話題になった『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(稲田豊史、光文社新書)も引き合いに出しつつ、最近流行ってるエンタメの動向がこれ1冊でわかります、という言い方をするのがいいかもしれないと思ったんです。

「流行りがざっくりと知れそうだから」とか、それとは逆に「ファスト教養的なものを否定したいから」という動機で手にとったとしても、最終的には、これって社会全体の話なんだと気づいてもらえるような構成になっていると思うので。

レジー:そう言っていただけて光栄です。たしかに、周りと話を合わせるために流行りが知りたい、と思って本を手にとった人が、読み終わったあとにもともと想定していた部分とは違うところに興味を持ってくれたらいいなとは本が出来上がる前から思っていましたね。

ファスト教養がいかにクソか、みたいなことを書くほうが簡単だし、それで喜ぶ人も一定数いるとは思うんですよ。でも、さっきお話しした通り自分も全面的にファスト教養を否定できるわけではないし、ホリエモンの言葉がいま必要な人だっているよな、と考えていった結果ああいう構成になったんです。

ストレートに結論だけを提示したほうが、もしかしたら伝達する速度は速いのかもしれないけれど、そこにたどり着くまでには葛藤や逡巡があるよね、というのも見せたいなと。

三宅:うん、そうですよね。

「ファスト教養」と「読書する時間がない時代をどう生きる?」問題について_2
三宅香帆氏