「安倍さん以外」に向けた言葉

会話文の使い方も秀逸でしたね。演説は基本的に自分視点でしか語れませんが、会話文を織り込むと第三者視点で臨場感が生まれます。

「野田さんは安定感がありましたよ」
「あの『ねじれ国会』でよくがんばり抜きましたね」
「自分は5年で返り咲きました。あなたにも、いずれそういう日がやって来ますよ」


特にこの会話文が3つ並んでいるところは、やっぱり野田さんは喋り方としても当時の安部さんを思い出しながら話していました。

語り掛けの言葉の語尾にときどき、「ね」がつくのも特徴的です。たとえば、

「あなたもまた、絶望に沈む心で控え室での苦しい待ち時間を過ごした経験があったのですね」
「あなたが後任の内閣総理大臣となってから、一度だけ総理公邸の一室でひそかにお会いしたことがありましたね」

の2か所。安倍さんご本人に直接、やさしく語りかけている印象が強まります。

また、野田さんは息遣いが素晴らしく、しっかりと呼吸を置いて話していました。声の抑揚の変化も美しかったです。

「その答えは長い時間をかけて、遠い未来の歴史の審判に委ねるしかないのかもしれません。そうであったとしても、私はあなたのことを問い続けたい」「そうであったとしても」を声高く、強く、わざと食い気味で切りこむことで自らの思いの強さを際立たせています。

「安倍さん。あなたの政治人生の本舞台は、まだまだ、これから先の将来にあったはずではなかったのですか」という言葉も、最後の声の上がり方が絶妙です。話力を磨いたことがない方は抑揚をつけようと思っても、あそこまで上がり切らないものです。

最後に、全体の構成について。目の前の議員たちへ語りかけるクライマックスのパートの割合が高いのは、この追悼演説の最大の特徴といえるでしょう。
「そのうえで申し上げたい」という言葉以降は安倍さん以外の人に向けたメッセージになっています。

「最後に、議員各位に訴えます」と宣言して締めの言葉へとつなげていきます。
限られた時間のなかでこのパートに多くの文字数を割くという決断をしているところからも、野田さんがこの演説で議員に向けたメッセージを、熱を持って伝えたかったことが伺えます。

野田さんの追悼演説からは「安倍さんへのリスペクトだけを込めたものにはしないぞ」という強い決意を感じましたし、「ここから私たちは政治をどうしていかないといけないのか」と、目の前の議員たちに訴える強烈な思いも感じました。


写真/AFLO