描写力と、言葉へのこだわり
そして、野田さんの追悼演説でさらに特筆すべきは描写力の高さです。視覚情報や聴覚情報を織り交ぜながら、自分の感情を具体的に表現することができる方だと感じました。
「同じ党内での引き継ぎであれば談笑が絶えないであろう控室は、勝者と敗者のふたりだけが同室となれば、シーンと静まりかえって、気まずい沈黙だけが支配します。その重苦しい雰囲気を最初に変えようとしたのは、安倍さんのほうでした。あなたは私のすぐ隣に歩み寄り、『お疲れさまでした』と明るい声で話しかけてこられたのです」
たとえば、上記の場面では「シーンと静まりかえって、気まずい沈黙」「重苦しい雰囲気」といった聴覚情報や感覚の描写を用いています。
また、「あなたは私のすぐ隣に歩み寄り」という表現においては視覚情報を描写し、具体的にどんな動きだったのかを示すことで安倍さんのやさしさがより伝わってきます。
そのあとに続く「明るい声で話しかけて」も描写力が卓越しています。もし野田さんが「控室という同じ空間にいて沈黙が漂ったが、安倍さんに話しかけられた」と淡々と語っていたとしたら、わたしたちは色鮮やかに様子を浮かべることはできなかったでしょう。
野田さんはひとつひとつの言葉に対するこだわりが強い方だと感じました。
「その場は、あたかも、傷ついた人を癒やすカウンセリングルームのようでした」という攻めた表現や「政治家の握るマイクは、単なる言葉を通す道具ではありません」「勝ちっ放しはないでしょう、安倍さん」といったメディアに取り上げられやすいキャッチーな言葉も素晴らしかったですし、「真剣な熱」「果てなき決断」など、細部の細部までこだわりを感じました。