朗読で魅了された上間陽子との本づくり

――太田出版時代に『裸足で逃げる』、そして筑摩書房では『海をあげる』と、柴山さんは上間陽子さんの単著を2冊編集されています。

上間さんとは、岸政彦さんに編集協力をお願いした「atプラス」の「生活史」特集のときに初めてお会いしました。岸さんが大阪で特集のための研究会を開いてくださったんです。上間さんもいらしていて、「キャバ嬢になること」という、のちに『裸足で逃げる』に収録される原稿をその場で朗読されたんです。これがとにかく衝撃的で、本当にびっくりしました。あのときのことはよく覚えています。

――上間さんの原稿のどのような点に惹かれたのでしょうか?

情感が豊かだし、文章が上手ですよね……というように、いろいろと惹かれたポイントはありますが、原稿が最初に耳から入ってくるという初めての体験で、聞いてしまった、出会ってしまったという、いわば“一目惚れ”の状態でした。

見たことのない世界がそこにはあって、これは本にしないといけないと直感しました。

――「atプラス」の原稿に書き下ろしを加えて刊行されたのが、沖縄の少女たちをテーマにした『裸足で逃げる』です。刊行当時の反響はいかがでしたか?

反響は大きかったですし、よく売れました。ただ、『裸足で逃げる』のように社会学やノンフィクション、そして文学的な要素をあわせもった越境型の本は、既存のジャンルの中では評価されにくいようにも感じます。「学術的な要素が薄い」という指摘を受けたりもしました。

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――2020年には『海をあげる』が刊行されました。

辺野古に土砂が投入された日に上間さんがSNSに書かれた文章を読んで、「こういうものを書いてみませんか」と依頼をしました。いま沖縄で暮らすというのはどういうことなのか、上間さんの目線を通して書いてもらいたいなと。

――そうして生まれたのが本書収録の「アリエルの王国」です。以後もwebちくま上で連載され、書き下ろしを加えて書籍化されました。

連載時から反響が大きく、社内での前評判も高くて、その時点でいい本になるという手応えはありました。とはいえ、8万部を超すヒットは予想していませんでした。こうした商業的な成功は、上間さんの協力と、同僚である筑摩書房の営業・宣伝・制作の協力があってのことですし、それだけ素晴らしい原稿だったのだと思います。

――「Yahoo!ニュース|本屋大賞 2021年ノンフィクション本大賞」など、『海をあげる』はさまざまな賞を受賞しました。

ノンフィクション本大賞受賞の電話を受けてすぐ営業部に報告に行ったら、営業部の人がみな立ち上がって拍手してくれて、最初に電話で報告を受けたときよりもうれしくなりました。人に喜んでもらうと、うれしいんだなって。その勢いのまま上間さんに電話をしたら、上間さんも、僕や筑摩のひとが喜んでいるからうれしいとおっしゃっていました。