お芝居の中に田中裕子さん特有の女性像がある、真似しようと思ったって、真似したくないし、できない。
──田中裕子さんのことについて伺いたいのですが、久保田監督は以前、『家路』という福島第一原子量発電所の事故で家と故郷を失った女性役で組んでいて、今作の脚本家の青木研次さんは『いつか読書する日』で田中さんのために脚本を書いている。以前組んだスタッフが何年も経って、この年齢の田中さんなら、この物語はどうでしょうと提示される関係性って女優としては理想的だと思うのですが、田中さんはなぜ、そういう関係を築けるんでしょう?
「だって、すごく、その役に対して、本当に真正面から考えて、本当にブレないから。私、多分、ブレまくりなんですよ。監督にどう思われているのかなと、私はまだね、色んな事を気にしちゃうから。でも、裕子さんって、その人になるために惜しまないというか、ちゃんと全部その人になる。すごくないですか? たぶん、色んな事に気を遣って、その役を作り上げている気がするんですよ。それはすごい魅力。だから、誰からも尊敬されるんだなって思う」
──カメラオフでもずっと役柄に入っている印象ですか?
「乗り移っているというのではないんですよ。待ち時間はちゃんとお話をしてくれるし。でも、私みたいに、なんかブレていない。なんでできるんだろう……それがわかんない。お芝居の中に個性があって、田中裕子特有の女性像があって、それがすごく魅力的なんです。真似しようと思ったって、真似したくないし、あんな人、今まで会ったことがない。真似している人はたくさんいるのに」
──尾野さんはお仕事で全国各地を飛び回っていて、私生活では逆に、ご家族を待たせる立場かと思うのですが、気を遣っていらっしゃることはありますか?
「特別何かをするってことはないんですよ。健康に気を遣っているくらい。家族とはほぼほぼ毎日、誰かしらと喋っているし、お芝居のためにこれだけはっていうのもない。仕事があると自分の中にルーティーンがあるから、それだけ守ってやっているだけ」
──先程の田中裕子さんの話ではないですが、俳優という仕事は出会いと別れを繰り返す仕事ですね。そういえば、尾野さんが今年出演された『こちらあみ子』のパンフレット用のインタビューで、一つの作品が終わったら『またいつかご縁があったらね』と、一度は別れないといけないのが俳優の仕事だと仰っていたことを思い出しました。
「その通り。さようならではなく、またね、とあいさつします」
千夜、一夜
劇映画デビュー作『家路』で高く評価されたドキュメンタリー出身の久保田直監督が「失踪者リスト」に着想を得て制作したヒューマンドラマ。『いつか読書する日』で田中裕子と組んだ青木研次がオリジナル脚本を手がけ、愛する人の帰りを待つ女性たちの日々、さざ波のような姿を変える心情に迫る。
監督・編集:久保田直
脚本:青木研次 音楽:清水靖晃
出演:田中裕子、尾野真千子、ダンカン、安藤政信ほか
2022年/日本/カラー/5.1ch/ビスタ/DCP/126分
配給:ビターズ・エンド
©2022映画『千夜、一夜』製作委員会
★10月7日(金)テアトル新宿、シネスイッチ銀座ほか全国公開
『千夜、一夜』公式サイト
撮影/藤澤由加