開いた見開きだけで世界がわかる小説を

――『リバー』のような犯罪を扱った作品はミステリとして読む読者もいると思うんですが、個人的にはあまりミステリだと思えなくて。ご自身としてはどうですか。

奥田 ミステリじゃないですね。これまでの僕の作品に関しても、ミステリのランキングにたまに上がると場違い感があります。

――あくまで犯罪にまつわる人間ドラマ、ということですね。では犯罪を書くことについてはどうですか。

奥田 犯罪って人間の一番弱い部分が出ちゃうものだと思うんです。誰だって平和で満たされていれば何もやらないと思うんだけど、追い詰められてやってしまうわけですよね。それまでの人生で満たされないものがあったり、苦しめられてどうしようもなかったりして。ほとんどの人間は犯罪なんかしないじゃないですか。僕のまわりにも犯罪者は一人もいないし、ほとんどの人はそうですよね。ただ社会には確実にいるわけですよ。

――たしかに今回の容疑者は三人とも育ってきた環境や生育歴に追い詰められている部分がありますね。奥田さんが『罪の轍』でお書きになった犯罪者とも共通するところがあると思いました。『罪の轍』は一九六〇年代初頭が舞台ですが、奥田さんはほかにも昭和の犯罪小説を書かれています。現代とどちらが書きやすいというのはあるんですか。

奥田 現代のほうが嫌ですよ。ネットの犯罪がどうのこうのって言われてもわからないし、どこで何をやっても監視カメラで追跡されちゃうしね。昭和のほうが楽ですよ。携帯電話もないしインターネットもないから刑事は歩くしかない。

――それでも今回、現代を舞台にお書きになったのはなぜでしょう。

奥田 なぜということもないけど、これで最後かもしれないですね。あまりにもヘビーだから。書くとなると大体三年がかりの長編になっちゃうんですよ。『リバー』も取材に行ったのが二〇一九年だもの。

――とはいえ、時代に関係なく、奥田さんの場合、犯罪が絡んだ作品は全部大長編ですよね。『罪の轍』も『オリンピックの身代金』も。

奥田 そうですね。五百枚ぐらいでさっと書こうと思うんだけど、千枚いっちゃうんだよね。
 単純な勧善懲悪物にしたくないのと、事件の背景を描きたいのと、謎解きとかトリックに関心がないから必然的に犯人が捕まるまでか、事件が起きるまでの物語になるから、どうしても長くなっちゃうんですよ。

――先ほどのミステリではないという話とも通じますが、奥田さんの作品はどんでん返しとか読んでスッキリするオチとは違う方向で書かれていますよね。

奥田 自然の森は別に何のオチもないし、そもそも入口も出口もないわけだからそうなりますよね。髙村薫さんが、本をパッと適当にめくって、そのページを読んだだけで世界がわかるっていうのが文学だ、ということをおっしゃっていて。自分もそれを目指しているところはあります。どこを切り取ってもちゃんと、そこを読んだだけでも読ませる小説。前後は関係なく。そういう小説を書きたいですね。

特別企画 奥田英朗セレクト 
『リバー』 Original Soundtrack プレイリスト

1  Shhh/Peaceful ・・・・・・・・・・マイルス・デイヴィス
2  Nobody’s Fault but Mine ・・・・・・・・・・ニーナ・シモン
3  Brazil ・・・・・・・・・・アントニオ・カルロス・ジョビン
4  If I Had A Boat ・・・・・・・・・・Lyle Lovett
5  Oscar Said ・・・・・・・・・・Till Brönner, David Friedman
6  Stop This Train ・・・・・・・・・・ジョン・メイヤー
7  コーヴァリス ・・・・・・・・・・増尾 好秋
8  Quizas, Quizas, Quizas ・・・・・・・・・・Laura Fygi
9  Bamboo ・・・・・・・・・・Mike Mainieri
10 Thorn of a White Rose ・・・・・・・・・・Elvin Jones
11 I Want You ・・・・・・・・・・Gary Burton and Friends Near, Friends Far
12 Compare to What-Live at Montreux Jazz Festival ・・・・・・・・・・Les McCann, Eddie Harris
13 Medley: In the Garden/You Send Me/Real Real Gone/Allegheny-Live ・・・・・・・・・・ヴァン・モリソン
14 Looking Up ・・・・・・・・・・Michel Petrucciani

 わたしはリスナー歴50年の音楽ファンである。デスメタルとアニソン以外なら何でも聴く。美空ひばりからスティーヴ・ライヒまで。ニーノ・ロータからモグワイまで。しかも深掘りをする。某ホテルのラウンジに流れるアンビエントな環境音楽があまりに素晴らしいので、「これは誰の作曲ですか」と支配人をつかまえて詰問し、本社に問い合わせもらってその作曲家の名前を聞き出し、作品を片っ端から聴き漁ったという前科もある。これ誰の曲? と気になると夜も眠れない。典型的な“No Life. No Music”の人間と思っていただいていい。
 そんなわたしの嗜好を日頃から観察する編集者から、「新刊『リバー』のサウンドトラックを作りませんか?」との提案があった。もちろん、わたしが「やる、やる」と犬が餌をねだるがごとく即答したことは言うまでもない。こういう仕事ならいくらでも引き受ける。他人の小説のサントラだって選曲してやってもよいが、まあ来ないか。

「「テーマパーク」ではなく「自然の森」を書きたい」 『リバー』著者 奥田英朗インタビュー_10

1 Shhh/Peaceful 
マイルス・デイヴィス
のっけから長尺曲(18分超)で申し訳ない。①はエレクトリック・マイルスの代表作『In A Silent Way』のA面丸々。いろいろ考えたが、オープニングを飾る曲はこれしかないのと、小説全体の通奏低音ともいえるサウンドだと思ったので選んだ。早くもエゴ全開ですな。通して聴いて欲しいが、気が短い人は五分でスキップしてもいいよ。許す。

「「テーマパーク」ではなく「自然の森」を書きたい」 『リバー』著者 奥田英朗インタビュー_11

2 Nobody’s Fault but Mine 
ニーナ・シモン
②はブルース・ナンバーの古典。いろいろカヴァーはあるが、ここでは黒人シンガーで公民権運動家でもあったニーナ・シモンに歌ってもらおう。「全部わたしのせいよ」と、聴く方がたじろぐ迫力の懺悔をしている。

「「テーマパーク」ではなく「自然の森」を書きたい」 『リバー』著者 奥田英朗インタビュー_12

3 Brazil
アントニオ・カルロス・ジョビン
③は一転してブライトなボサノバの名曲。アリ・バホーゾが作ったこの曲もカヴァーは目白押しだが、ボサノバの本家のジョビン師匠にお任せしたい。ここで奏でられるフェンダー・ローズは、エレピ史上最高の気持ちよさ。何時間でも聴いていられる。

「「テーマパーク」ではなく「自然の森」を書きたい」 『リバー』著者 奥田英朗インタビュー_13

4 If I Had A Boat
Lyle Lovett
④は俳優としても知られるアメリカのシンガー・ソング・ライター、ライル・ラヴェット(ジュリア・ロバーツの元旦那と言った方がわかりやすいか)の隠れた名曲。「もしもボートを持っていたら……」。あなたなら何をしますか?

「「テーマパーク」ではなく「自然の森」を書きたい」 『リバー』著者 奥田英朗インタビュー_14

5 Oscar Said
Till Brönner, David Friedman
⑤はドイツのジャズ・トランペット奏者、ティル・ブレナーのミッドナイトな一曲。いわゆるクラブ・ジャズだがダンスには向いていない。ウイスキーのお伴に。

「「テーマパーク」ではなく「自然の森」を書きたい」 『リバー』著者 奥田英朗インタビュー_15

6 Stop This Train
ジョン・メイヤー
⑥はジョン・メイヤーの切ない一曲。「列車を止めて。降りて家に帰りたい」と繰り返し歌う。そんなときが、わたくし同様、みなさまの人生にも何度かあったであろうと推察いたします。