プロ編入試験突破の可能性は?
編入試験で里見と対戦する棋士は次の5人だ(棋士の名前の後ろに記されている数字は、8月14日現在の各棋士の通算成績と勝率)。
①徳田拳士四段 12勝1敗(0.9230)
②岡部怜央四段 5勝5敗(0.5000)
③狩山幹生四段 15勝9敗(0.6250)
④横山友紀四段 8勝12敗(0.4000)
⑤高田明浩四段 30勝21敗(0.5882)
初戦の徳田戦の日程は前述したように8月18日だ。全員が有望株で強敵であることに変わりはないが、里見だって強豪を倒して受験資格を得ている。この中で公式戦で対戦があるのは狩山と高田の2人で、狩山には竜王戦で負け、高田には王座戦で勝っている。とはいえ1局ずつなので何とも言えないところはある。
里見が合格するかどうかについては、「十分可能性はあるが、勝負は時の運」としか言いようがない。明らかな格上がいるわけではないので、全員といい勝負になるだろう。圧勝するかもしれないし、惨敗する可能性だって否定はできない。
勝負のポイントになるのは2つ。
まず1つ目は日程だ。試験は8月18日に始まり、9月以降は月に1局ずつ指されるが、その間、里見は3つの防衛戦(女流王座戦・女流王将戦・倉敷藤花戦)と1つの挑戦(白玲戦)、つまり計4つの女流棋戦と並行して戦わなければいけないのだ。しかも前期の女流名人戦は敗れたので、今期は女流名人リーグに参加して月に1局指している。先ほど「棋士になったら超過密スケジュールが待ち構えている」と書いたが、試験の時点からそれは始まっているのだ。
そして2つ目のポイントは、試験官となる棋士たちのモチベーションだ。編入試験は公式戦ではない。対局料は発生するが、それでどれだけのモチベーションが生じるか。世間は里見が棋士になることを期待しているだろうし、いわば彼らは敵役である。注目される舞台だし、棋士が対局で手を抜くことはない。ただ勝つことによって次のステージに進むことができる対局と、そうではない対局ではやはり違うものだ。
里見が合格するかどうかに張れと言われたら、個人的には2つ目のポイントを重視して「合格」に賭けたい。
里見のライバルたちも、編入試験に熱い視線を送る
長年、女流棋界を取材してきて、最近は女流棋士の表情が以前よりも輝きを増しているように感じられる。白玲戦、清麗戦という高額賞金の棋戦が新たに創設されたことにより、それまでは普及活動が中心だった女流棋士たちが対局中心の生活を送れるようになった。そうなれば女流棋士全体のレベルが上がる。突き上げを受ける女流トップたちの実力だって向上する。女流タイトルの過半数以上を保持する里見は女流棋界では敵なしに映るかもしれないが、常に圧勝しているわけではない。
つまり今回の里見の挑戦には、女流棋士全員が関わっているとも言えるのだ。多くの将棋ファン同様、いやそれ以上に女流棋士たちもこの編入試験には熱い視線を送っており、感想を聞くと自分のことのように語ってくれる。
最近、鈴木環那女流三段(編入試験第1局の聞き手を囲碁・将棋チャンネルで務める)に話を聞く機会があった。示唆に富んだ熱いコメントだったので、本稿の結びにしたい。
「自分の夢はタイトル挑戦ですが、里見さんはどんどん遠いところへ行っています。最近は、里見さんのことばかり考えています。なんてすごいんだろうって。女流棋士はもっともっと強くならなければいけない。里見さんは他人に強要するようなことは絶対に言いませんが、背中で示してくれています。里見さんと西山さん(朋佳女流二冠)の2人だけに戦わせるわけにはいかないので、私も頑張ります」
文/大川慎太郎