里見があえて棋士を目指す理由

里見は受験の意思を示したが、「(受験するかどうか)微妙ではないか」という声が将棋界では多く聞こえてきた。実際、里見が受験資格の成績に近づくたびに、終局後のインタビューで編入試験のことを問われていたが、当初は「あまり前向きではない」などと話していた。本当に熱望していれば、資格を得た瞬間に受験を表明すればいい。だが里見が意思を明らかにしたのは、資格を得てから1ヵ月弱という期限ギリギリのタイミングだった。

なぜ悩むのか。いろいろな要因はあるだろうが、一つは「棋士」になるメリットだ。里見は現在も女流棋士のトップとして、多くの公式戦に参加して棋士と対局している。例えば、棋士たちによって争われる8大タイトル戦のうち、出場できないのは順位戦(名人への挑戦をかけたランキング形式のリーグ戦)、叡王戦、王将戦だけだ。しかも順位戦には試験に合格してもすぐに参加できないので(里見の場合、棋士になってから順位戦参加の条件を満たす成績を収める必要があるため)、実質出られないのは叡王戦と王将戦だけとなる。

将棋界の歴史に刻まれる。女流棋士・里見香奈、プロ編入試験のゆくえ_1
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そして試験に合格し、その後規定の成績を収めて順位戦の参加資格を得たとする。その時、待っているのは将棋界で誰も経験のしたことのない「超過密スケジュール」だ。女流五冠の里見は多くの女流タイトル戦に出場している。タイトル戦は対局日だけではなく、前後も移動日となる。それに加えて年間10局ほどの順位戦が加わったらどうなるか……。

里見は「棋士」になっても「女流棋戦」に出場すると見る向きは多い。女流棋界にとって里見はスター・オブ・スターで、スポンサーも出場を希望すると考えるのが自然だろう。

そういった要因がある中でも里見が受験の意思を示したのは、記者会見でも話していたように「純粋に将棋が大好きなので、少しでも自分の棋力向上を目指して強い方々と対局したいという思い、ただそれだけです」ということだ。

神話の国・島根県出雲市で生まれ育った里見は、将棋を覚えてからずっと「強くなりたい」という思いだけを抱えてきた。強くなるためにはいろいろな方法があるが、強い相手と指すのが最も有効とされている。

もしかしたら、いまの里見の中では、強い相手と指せるなら自分が「女流棋士」であるか「棋士」であるかはもはや関係ないのかもしれない。