殴るのは簡単、謝るのは難しい

「医師の日野原重明先生に教わったんだけどね、"恕(ゆる)す”という気持ちが今の人間に欠けちゃってるんですよって。これを身に着けたら喧嘩はないよ、戦争はないよ。それと仲裁だな。昔はね、町内に仲裁する顔役がいたんだよ。落語に出てくるご隠居だね。仲裁が好きな人がいたの。今は『自分ファースト』になってしまっているんじゃないか」

他人との距離感を保ち、濃密な関わりを忌避する文化は個人を尊重するものだが、おせっかいを焼くという発想は確かに乏しくなっている。

「人をかまうことが大事なんだ。おふくろによく言われていて、後で調べたら(政治家の)後藤新平が言った言葉らしいけど、『人のお世話にならぬよう、人のお世話をするように』っていうやつがとっても今大事だね。『そして報いを求めぬよう』と後藤新平は言ったらしいんだけど、俺のおふくろは後のほうは忘れちゃったんだよな(笑)」

「涙ながらに語っても若者は聞かないんだ」毒蝮三太夫の戦争を語り継ぐ意思と工夫_3

江戸っ子らしくケンカばかりしていたという毒蝮さんの両親だが、戦後、浅草・吉原近くに移り住んだ後、母はしるこ屋を開いて吉原の女性たちの話を聞いていた。ここでの「かまう」という行為が、人のストレスを和らげ笑顔を生み出す原体験だ。

「戦争は始まるのは簡単だよ。暴力で、殴っちゃうのは簡単。でもその後は謝りにくいじゃないか。だけれども人間には知恵があるんだから、謝る、恕すことをもっと勉強しなきゃいけないね。知性がないとできないことだから。そして、仲裁してやること、かまってやることだ」

「涙ながらに語っても若者は聞かないんだ」毒蝮三太夫の戦争を語り継ぐ意思と工夫_4