「65歳くらいまでは続けるつもりだった」先輩の突然の死と、思いがけない再出発
そして今年、大勝軒時代の先輩が突然亡くなったことも、後藤さんの心に影響を与えた。インフルエンザで入院し、わずか2週間ほどで亡くなってしまった。その後、残された家族が店の片付けなどに追われる姿を見て、人生について考えることもあった。
「65歳くらいまでは普通にやろうかなと思っていたんですけど、いろいろ重なって。こういうタイミングなのかな、という感じですね」
後藤さんは現在61歳。まだ店を続けることはできたかもしれない。それでも、家賃の問題、体力的な負担、家族の状況、そして身近な先輩の死。さまざまな出来事が重なり、閉店という決断に至った。
今回の話を聞いて改めて感じたのは、長年愛される店であっても、営業を続けることが決して簡単ではないという現実だ。
「今までと同じ売り上げだったら、利益は減っていきますからね」
食材費や家賃が上がっても、ラーメンの価格を簡単に上げられるわけではない。大勝軒の魅力の一つは、美味しくて、安くて、お腹いっぱいになれること。値上げをすれば、客にとっての魅力が損なわれるのではないかという思いもある。
後藤さんは、個人店だからこそ、自分たちが働けば何とかなるという感覚で営業を続けてきた。だが、その努力にも限界がある。
「好きでやっていたんですけどね」
その一言が印象に残った。
ラーメンを作ることが好きで、客が食べに来てくれることが嬉しい。だからこそ、長時間労働も続けられたのだろう。しかし、好きという気持ちだけでは乗り越えられない問題もある。
「麺屋ごとう」の閉店は、個人経営のラーメン店が、現在の経営環境の中で営業を続けることの難しさを示しているようにも感じた。
10月20日の最終営業を終え、後藤さんはひとまずほっとした様子だった。
閉店の当日は娘さんが店に来て、たくさんの写真を撮っていたという。常連客たちにも閉店を伝え、惜しむ声を受けながら、28年半の営業を終えた。
ただし、後藤さんが料理の世界から引退するわけではない。
12月からは師匠・山岸さんの故郷・長野県山ノ内町にある「山ノ内大勝軒」で働く予定だという。偶然の縁から話が進み、新たな環境で大勝軒の一杯を作ることになった。
閉店のニュースにまず驚いたが、後藤さんが引き続き大勝軒のラーメンを作ると聞き、二重で驚いた。
「ちょっと面白そうだなと思って。リゾートで働いたことはないので、どうなるかわからないですけど、行ってみようかなと」












