「ラーメン店をやりたい」スイス帰りの料理人が衝撃を受けた一杯
東京・駒込のラーメン店「麺屋ごとう」が2026年10月20日、28年半にわたる営業に幕を下ろした。
「東池袋大勝軒」で修業した店主・後藤浩二さんが、1998年に池袋で兄と二人で創業。長年にわたって多くのラーメンファンに愛され、2014年には駒込へ移転した。大勝軒の流れをくみながらも、独自の味わいを追求した一杯は、地域の人々や遠方から訪れるファンにとって、かけがえのない存在だった。
私自身、長年通い続けてきた店の一つだ。しかし、これまで後藤さんにじっくり話を聞く機会はなかった。閉店を迎えるにあたり、創業からの歩み、師匠・山岸一雄さんとの思い出、そして店を閉める決断に至った理由を聞いた。
後藤さんが料理の道に入ったのは、ラーメンではなく洋食だった。
ホテルオークラで働いた後、1990年から93年までスイスのジュネーブに渡り、現地のホテルで公邸料理人のアシスタントを務めた。帰国後、兄に誘われて訪れたのが、東池袋大勝軒だった。
「兄が大勝軒の常連だったんです。スイスから帰ってきたから、お疲れさまということで連れていってもらいました」
そこで後藤さんは衝撃を受けた。もちろんもりそばの美味しさもあったが、後藤さんが特に惹かれたのは、常連客と一緒にビールを飲みながら楽しむ大勝軒の魅力だったという。
ホテルオークラはシフト制だったため、平日の休みや仕事明けに店へ通うことができた。気づけば週に2回ほど足を運ぶようになり、次第に自分でもラーメン店をやりたいと考えるようになった。
ついに後藤さんは兄とともに店主・山岸一雄さんのもとを訪れ、修業を始めることになる。
当時、弟子は多くても2、3人ほど。後藤さんは、後に多くの店主を輩出することになる大勝軒の歴史の中でも、かなり早い時期に修業した一人だった。
修業時代は、実家のある鶴瀬からほぼ始発で店へ向かった。山岸さんから直接、手取り足取り教わるというよりも、先輩たちから仕事を学び、山岸さんが実際に調理する姿を見ながら技術を身につけていった。













