何かに対して固執する気持ちが生じたとしたら、本当にそれが欲しいというサインだ。労力を払うことに意義と充実感を感じるとすれば、本当にしたいことをしているという証拠だ。
ベストを求められない仕事に罪悪感を抱くのは、その仕事のせいで意義のある目標への勢いがそがれてしまうからだ。ほんの小さな進歩の兆しに心が浮き立つとしたら、それは大切なものにめぐりあっているのだ。
魂を満たしてくれる目標を追いかけているとき、その〈執着〉心はあなたの背中を押す。パフォーマンスも向上させる。私自身、仕事でもプライベートでも、やりたいことに〈執着〉して取り組んできた。
「どうしてもグーグルに入りたい!」の叶えかた
当時、カリフォルニアに拠点を置くグーグルと言えば、まさに世界の最高峰。そして私は幼い頃から一番大変なこと、一番上のこと、一番ベストなことを目指したがる性格だ。切磋琢磨で競い合うのは楽しいし、非凡で卓越した環境には刺激を受ける。グーグルが最高の職場で、なおかつ、入社が最高に難しい職場ならば、ぜひそこに入りたい。
手早く調べてみたら――もちろんググって――デンバーの新オフィスで求人があることがわかった。こんなの応募するに決まってる。不安を跳ね飛ばす勢いで応募書類を出し、そして待った。待った。数時間後にはナーバスになった。数日後にはパニックになった。週の終わりには完全に打ちのめされていた。
どうして連絡がないんだろう?もしかして、私が自分のメールアドレスを書き間違えたとか!?
やきもきしながら履歴書を読み直し、小さなミスを見つけ出そうとしたら――信じられない、よりにもよって、崩れたファイルフォーマットで送ってる!
それでも、瞬間的なショックが薄れたあとで、「最高の(福利厚生もすてきな)会社で働きたい」という夢が消えていないことに気づいた。
「この仕事を何が何でも手に入れたい」という強い欲求の前では、プライドなんかゴミみたいなものだ。何かに〈執着〉したなら、常識に従おうとする自制心のほうが引き下がる。













