暴力以上に空気を描くのが大事
――インセル的なキャラクターを描いた作品としては、海外の映画で『ジョーカー』が話題になりましたが、ご覧になりましたか。
月村 『ジョーカー』に関しては最初の打ち合わせで話に出ました。その後、早速『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』も観まして、なぜこの続編は世界的に評判がよくなかったのかがわかったのですぐに編集者にそのことを書いてメールを送りました。
――なぜなんでしょう。
月村 大衆が見たいと思っているのは、自分ではなくジョーカーという「虚構」であり、それを悟った主人公の、本当の自分を見てほしいという思いが描かれたのが『フォリ・ア・ドゥ』なんですよ。観客が期待したのは虚構のジョーカーがハーレイ・クインと一緒に大暴れする映画だった。そこでは作中の大衆と実際の観客、つまり我々が限りなく一致しているんです。そのことを考えた時、大衆が見たかったジョーカーを書く道もありうるわけですけど、今回の作品はそういうものではないだろう。どこまでいっても本当の自分を知ってもらえない焦燥感や絶望感を書ければいいと思いました。
――それは書けましたか。
月村 少なくとも孤絶した主人公の焦燥は書いたつもりです。私の場合、題材としてはどうしても勝者より敗者に視点が向かいます。まともな人よりアウトローの方に寄ってしまう傾向はあるでしょうね。
――書くうえで、社会の構造の問題も、かなり意識されているように感じました。
月村 そうですね。個人の問題だけで説明できることではないと思っています。例えば、長く非正規雇用の状態に置かれている人がいたとして、その人が社会に対して不満を抱くのはある意味で当然でしょう。もちろん、それが暴力に結びつくことを正当化するわけではありません。しかし、社会の側が何も責任を負わないでいいわけがない。そういう意味で、今回の作品では個人と社会の関係をできるだけ意識して書きました。
――テロというテーマを扱う以上、政治との関係も避けられませんね。
月村 その通りです。ただ、私は政治小説を書こうと思っていたわけではありません。政治的な事件は背景としてありますが、あくまで中心にあるのは一人の人間の内面です。政治や社会の問題を直接論じるのは、評論やノンフィクションの役割でしょう。小説の役割は、むしろ人間の内面を通してそうした問題を浮かび上がらせることだと思っています。
――それでも、読者はどうしても現実の事件を思い浮かべながら読むことになります。
月村 それは仕方のないことですね。むしろ現代を舞台にしている以上、読者が現実と結びつけて読むのは当然でしょう。ただ、繰り返しになりますが、小説はノンフィクションではありません。現実の事件をそのまま再現するのではなく、あくまでフィクションとして再構成する。その距離感をどう保つかは、書くうえでかなり意識していました。
――タイトルを『テロル』とした意図についても聞かせてください。
月村 「テロ」ではなく「テロル」という言葉を使ったのは、少し古い言い方ですが、本来の意味を考えたかったからです。テロルという言葉は、単に暴力行為そのものを指すのみならず、恐怖を社会に広げるという意味を持つのではないか。つまり、実際の暴力だけでなく、その背後にある恐怖の感情も含めた概念ではないか。今回の作品では、そういう意味でのテロルを描きたいと思いました。暴力そのものよりも、それによって生まれる恐怖や不安、社会の空気の変化。そういうものの方が、むしろ重要ではないかと思ったんです。
――たしかに、作品を読んでいると、暴力の場面以上に不穏な空気が印象に残ります。
月村 それは意識していました。テロというのは、単に人を殺すことだけが目的ではありません。むしろ社会全体に恐怖を広げることが目的である場合が多い。だから、暴力の場面を派手に描くよりも、その前後にある空気や心理を描くことが大事だと思ったんです。
――小説を書く時、現実の出来事との距離感をどう取るかという問題は難しいですね。
月村 ええ。現実の事件を題材として扱う時には、どうしても慎重にならざるを得ません。ただ同時に、小説家としては現実から目を背けるわけにもいかない。私は基本的に、作家というのは自分の生きている時代を書かなければならないと思っています。もちろん歴史小説を書くこともありますが、それも実際には現在の視点から書いているわけです。その意味では、今回の作品もまさに今の時代を書いたものだと思います。
――読者の中には、この作品をかなり重いテーマの小説として読む人もいるかと思います。
月村 そうかもしれません。ただ、私はあまりメッセージを押しつけるような書き方はしたくないんです。小説というのは、読者がそれぞれの読み方をするものだと思っています。ある人は社会の問題として読むかもしれないし、ある人は一人の人間の悲劇として読むかもしれない。どちらでもいいと思うんです。むしろ、いろいろな読みができる方が小説としては面白いのではないでしょうか。
――この作品を書いていて一番強く感じたことは何でしょうか。
月村 やはり、社会や人間というものの危うさでしょうか。誰でも、自分はそんなことをするはずがないと思って生きています。でも、本当にそう言い切れるのか。状況が変われば、人間はどこまで変わってしまうのか。今回の小説を書きながら、そういうことを何度も考えました。もちろん、誰もがテロリストになるわけではありません。しかし、社会の中で追い詰められた人間がどういう方向に進むのかということは、決して他人事ではないと思います。自分もひょっとしたら、そうなっていたかもしれない。その可能性を完全に否定できる人はいないのではないか。そういう問いを、読者の方にも少し考えていただけたらと思っています。
「小説すばる」2026年5月号転載














