──星野さんは1月に沖縄で念願の琉球競馬「ンマハラシー」をご覧になったとか。実際に見られていかがでしたか。
星野 サラブレッドによる競馬は本当に血統重視で、ものすごい資本をかけて、速さで勝ち負けを競う世界じゃないですか。それとはぜんぜん違う、平和的な競馬で、幸せな気持ちになれました。子どももたくさん出ているし、馬の多くが日本在来馬の、小さな与那国馬です。
本来は左右同じ側の前肢と後肢が同時に前に出る「側対歩」という歩き方で美しさを競うんですけど、いまはそれができる馬がほとんどいないので、ふつうの速歩で、とにかく駈歩になったらダメなんです。だけど、広場に設けたコースを行って戻ってくると、下り坂で馬はやっぱり駈けたくなっちゃうんですよ。それを観客が「走っちゃダメ、走っちゃダメ」って言いながら見ているのがすごくかわいくて、平和な競馬だなあと思いました。
梅崎 琉球競馬もやはりもともとは士族が始めたものですが、相馬野馬追と決定的に違うのは、武装解除されていたということなんです。近世の琉球は、非武の文化と言いますか、武力がまったくない文化だったんですね。だから競馬も軍隊的な強さとは無縁で、美しさを見せるところからスタートしたんです。
星野さんは、ンマハラシーを見るために、まず久米島の牧場に行って、馬といっしょに本島の会場に移動されたそうですね。そこからして、さすがです(笑)。アプローチの仕方がやっぱりちがう。
星野 2024年に出した単行本『馬の惑星』(集英社)にも登場する、いっしょにワールド・ノマド・ゲームズ(遊牧民オリンピック)を見に行った松岡さんという友人が、実は与那国馬関連の人たちと80年代から昵懇で、私はその人にお任せで、「琉球競馬見に行く前にできたらちょっと乗りたいな」みたいな話をしていたら、久米島に誘われたんです。さらに久米島から本島まで、馬といっしょに船で渡りました。乗り手たちは飛行機で移動したんですけど、私はぜったい馬といっしょに行きたくて。
梅崎 何時間かかりましたか?
星野 4時間くらいかかりましたね。でも馬が小さいので、改造した軽トラ4台に3頭乗るんです。前日にみんなで囲いを手作りするのを手伝って、馬を載せるところから全部同行させていただいて、すごく楽しかったです。港に行くと、職員の方たちが馬にかまいに来るんです。かわいいな、これこそ「馬の在り方」だなと思いました。
梅崎 また星野さんは勘がいいですよね。ンマハラシーに馬を使うところは沖縄県内に何か所も施設があるんですけど、星野さんが行かれた久米島の馬牧場はちょっと抜けて優れていて、そういうところにすっと入っていけるのがさすがです。野馬追で「平本家」の方々と出会われたのもそうですが。
星野さんがおっしゃったように、第二次大戦中にいったん途絶えてしまったので、いまやっている琉球競馬は昔の姿とは違います。野馬追と同じで、伝統と現代の融合を模索しているわけです。私はわりと原理主義者なので、主催者である「沖縄こどもの国」のメンバーが出す方針に、これは違う、あれは違うと意見を出してしまいます。
星野 私がいちばん改善したほうがいいなと思ったのは、採点の仕方です。観客が紅白の旗を上げて採点するのは、絶対やめたほうがいいなと。
梅崎 どうしてですか?
星野 観客席で見ていたんですけど、大応援団が来ているチームがわかっちゃうんです。遠くの久米島からは誰も応援団が来ていないので、久米島の子たちが上手くても、会場の採点では大応援団がついている本島のチームが勝っちゃう。
梅崎 なるほど。組織票が入っちゃうんですね。
星野 そうそう。1人の騎手につき親戚じゅう、20人ぐらい応援団が来ているんですよ?
梅崎 もともとは審判の白旗・赤旗だけだったんですけど、「観客参加型にしたい」という話が出て、いまの形になりました。3人審判がいて、会場全体が4人目の審判という形でやっているので、採点に占める割合としては4分の1になるわけですが。一票になってしまうのは事実ですね。
星野 まあその方が真剣に見るし、盛り上がりますからね。私は琉球競馬の中では外様で優秀な久米島派だったので、ちょっと忸怩たる思いでした。














