「このままでよいのだろうか」

自分の身体は、果たしてもとに戻るのだろうか――。セカンドオピニオンで診てもらった病院の複数の医師から「とても厳しい状態です」と言われ、不安が押し寄せる。

「率直に『死ぬのではないか』と思ったことはあります。それは、ある一瞬に感じると言うよりも、出口のない戦いをするなかで、横にずっと静かに存在している感じでした。

抗がん剤の副作用で40度の高熱が出たり、手足症候群が出てまともに歩くことすらままならなかったり、わかりやすい壮絶な経験よりも、ずっとどこかで『途中で生命が尽きるかもしれない』と思いながら治療を続けること自体が苦痛でした」

抗がん剤治療の副作用に苦しめられたという
抗がん剤治療の副作用に苦しめられたという

当然ながら、闘病中は休職して治療に臨んだ。会社の規定で基本給の6割が支給され、「経済的な不安にさらされなかったことはありがたいと思っています」と高須さんは述懐する。一方で、死に直面したことで、「このままでよいのだろうか」という思いは残り続けた。

「命を脅かされる大病を経験して、時間が有限であることを強く意識するようになりました。この頃くらいから、『もっと自分の好きなことに集中したい』と思うようになったんです」

その後も肺転移と手術を繰り返しては治療を続けながら、徐々に社会復帰を果たしていった。常に再発の心配を抱える高須さんは、すぐに退職には踏み切れない。そんななかで、社会の“進み”を肌で感じる場面があったという。

「職場に復帰した当初は、『無理しないでね』『大丈夫?』と声をかけていただくことが多かったです。実際、最初のうちは時短勤務などの配慮をしてもらいました。しかし時間の経過とともに、“いつもの高須”に戻っていくんです。それ自体は、悪いことだとは思いません。けれども、自分のなかでモヤモヤする部分も確かにありました」

術後には大きな傷を残すことになった
術後には大きな傷を残すことになった

そのもやもやは、大病を経験し命を脅かされるほどの恐怖感を味わった者にしかわからない性質のものかもしれない。

「たとえば、私は定期検診のたびに緊張し、あるいは少しの体調の変化にも過敏になっています。しかし周囲はそのようには思っていない。確かに私は見た目も強そうで、虚弱にはとても見えないから仕方がないかもしれません。

でも周囲から『もう治ったから平気でしょ』と思われていると感じたとき、『ああこの恐怖はもう自分のなかにしかなくて、社会はどんどん時間が進んでいっているんだなぁ』と感じるんです」

入院しているときに漠然と描いていた“幸せ”な退院後の生活が高須さんのなかにはあった。しかし実際には、また仕事に忙殺されるだけの日常に戻り、「大病をしたけど治った人」としてみなされる。時の流れの無常さを思わずにはいられない。