産婦人科の現場から見た日本の医療制度の問題点
宋 医療費を抑えなければならないという考え方も、どうなのかなあ、と思います。他の国では、医療は成長産業だと捉えられているんですよ。でも、日本では医療費をずっと抑えようとしていますよね。私は医療業界にいるからよく分かるんですけど、うちの業界はもうジリ貧なんですよ。
たとえば大きな医療法人が夜遅くまで診療して数をたくさんこなすと、効率的に経営できる。でも、個人経営のクリニックで真面目に診療しているところは、とてもペイするような診療報酬じゃない。医療へのアクセスもどんどん悪くなっていて、たとえば東京でも救急車を呼んでもなかなか受け入れ先が決まらない、ということだって現実に起こっています。
だから、医療費の総額を削減しなければならない、という凝り固まった頭をちょっと見直す必要があるんじゃないかなと思います。たとえば、保険で見る部分と自費でできる部分をもっと切り分けていくのもひとつの方法だろうし。
西村 混合診療を解禁にすると、貧富の差によって医療にアクセスしやすい人とそうじゃない人に分かれてしまうんじゃないか、と素人ながら思うので、そこは正直なところ、どうなんだろうという気がするんですが……。
宋 治療に松竹梅があって自費診療の人は松で保険だけの人は竹、というような命に格差をつける混合診療のあり方をイメージされると、もちろんそれはおかしいと思います。でも、異常なほど厳格な「全か無か」みたいな今の制度のあり方は、医療現場にも患者さんにも不便なんです。
産婦人科は保険診療と自費がすごく入り乱れていて、少しでも自費診療部分が発生したらすべてを自費にしなければならない、みたいな状態なので、それはちょっとおかしいんじゃないかと常々感じています。
たとえば子宮体がんの検査をするときに、痛いので麻酔をかけましょう、と思っても、麻酔は保険が効かないので検査をすべて自費診療でやらなければいけなくなるんです。オプションの麻酔だけを自費にするのはダメなの? と思うんですが、今の制度ではそういうことができないようになっているんですよ。だから、そういうところはもうちょっと柔軟にした方が、患者さんにとってもいいと思うんです。ちょっと話題は逸れましたけど。
西村 特に産科の場合は、経営が厳しいとか地方ごとの格差が激しい、ということはしばらく前から言われていますよね。
宋 そうですね。出産は保険適用じゃないので、岸田政権時代に出産一時金を42万円から50万円に上げたんですが、コロナ前の出産が100万人だった時代に42万円を配るのと、80万人を切っている現状で50万円を配るのを比べると、国の総支出は明らかに減っているんですよね。2025年の出生数は70万人すれすれですから、それで産科が維持できるわけがないんですよ。
これは高額療養費制度の外側の問題ですけれども、国が医療費を削るあまり産科や小児科のインフラを維持できなくなってきている現状は、誰が問題意識を持って指摘してくれるのだろう……、と思っています。
西村 2026年度からは出産を実質無償化する、という方向だそうですが、あれはどういうことなんですか。
宋 出産費用が高い、という声がすごく多いので出産一時金を42万円から50万円に上げたものの、値上げ分で吸収されてしまうので、我々が値付けをできないように保険適用にして、3割の自己負担部分を給付することで無償化にしよう、と言っているんです。
でも、保険適用になっても差額ベッド代や食事、アメニティの部分は保険外の別途請求になるのでどうやっても無償にはならないし、家族も泊まれる一泊数十万円の豪華な個室代も無償にしましょうという意見には、きっと誰も賛成しないでしょう。
無痛分娩の問題もあります。先ほど説明したとおり、混合診療は禁止なので無痛分娩を希望すると全額自己負担になります。しかも、無痛分娩を保険適用にすると、無痛分娩に対応した産科で産める人とそうじゃない人というアクセスの不平等感が出てしまう。
東京都の場合は2025年の秋から無痛分娩に20万円の助成金を出すようになったんですが、残念ながら希望者全員の安全な無痛分娩に対応できるキャパシティは東京都にありません。そういうところで産めた人は助成金をもらえるけれども、予約できなかった人は助成金ももらえないし無痛分娩もできない、という格差が生じてしまいます。だから、多くの人が想像しているような、「出産無償化で全員がタダになった、わーい」みたいなことにはならないと思うんですよ、今の制度をどういじっても。
西村 出産を保険適用にすると、医療者にものすごく負担がのしかかってくる、と、以前おっしゃっていませんでしたか?
宋 そうですね。不妊治療でもそうなんですが、地方の場合は都市部に比べると様々な経費が安いんです。だから、保険適用で全国が同一価格になると、東京など都市部の産科は大打撃だけど、地方によっては従来の価格設定よりも保険点数で高い報酬をもらえる、という現象も発生します。一方で、地方は出産数の減少が急速だし、2年に1度の診療報酬や薬価の改定で物価変動が反映されないリスクも大きくなる可能性があります。
国として、47都道府県全体でどうやって安全なお産をできるようにするのか、という議論やグランドデザインもなく、とにかく出産費用が高いと妊婦が文句を言わないように、産科医がプライシングできないように、ということしか政府の姿勢からは見えてきません。
今後、お産が難しい空白地域が増えてくると、きっと産科医のせいにされるんだろうな、周産期の医療事故や医療崩壊が発生すると「現場がちゃんとすれば救えた命だ!」とセンセーショナルに言われるんだろうな、という危機感しかないですね。













