人懐っこさの塊だった「かじゅま」
群馬県渋川市にある「群馬県立小児医療センター」。病院の玄関前に週2回、1台のキッチンカーが停まる。昼どきになると、付き添いの合間の母親や父親、病院で働く医療スタッフたちが列をつくる。
このキッチンカー「fufufu-soup」のメニューの主役は、野菜をたっぷり使った温かなスープだ。この活動を始めた青木佑太さんの心には、かつてこの病院で共に闘い、4歳で旅立った長男・一馬(かずま)くんとの記憶が刻まれている。
一馬くんは、「人懐っこさの塊」のような子どもだった。公園へ行けば、初めて会う子どもにも「いっしょにあそぼ?」と声をかける。知らない家族の輪にも物おじせず入っていき、気づけば一緒に夢中になって遊んでいる。そんな姿を青木さんは、少し離れた場所から見守るのが常だった。青木さんは当時のことを、微笑みを浮かべてこう振り返る。
「もう、ほんと、『知らない人大好き!』って感じ。知らない人たちのところにどんどん入っていって遊ぶんです。最初は私もついて回っていたんですけど途中から、もう一馬に任せて、遊ぶ姿を遠くから見ている、みたいな(笑)。迷惑をかけそうな時だけ近寄る、そんな感じでした」
家では、自分の名前を舌足らずに「かじゅま」と呼んでいた。大好きなのはウルトラマン。人を笑顔にすることが、ごく自然にできる男の子だった。
一馬という名前には、家族の深い願いが込められていた。青木さんは言う。
「長男だったんですね。『一』が1人目の子ども、ということと、おじいちゃんの名前が『一郎おじいさん』だったので、その字をもらいました。『馬』は、たくましく、それでいて優しいイメージがあったので、そんな子に育ってほしい、という思いで。生まれた時は、もうみんな、両親も親戚もとても喜んでくれました」













