「メジャーデビューの1年前にはすでに出来上がっていたんです」

会社員を辞めてからは、アルバイトをしつつ、DJ KATSUと共同生活をしながら曲作りに励んだ。

そして地元新潟でのライブやデモテープ配布など、地道な音楽活動を続けてインディーズでの人気を着々と高めていき、2006年にDJ KATSUとヒルクライムを結成。

その後多数のレコード会社からメジャーデビューのオファーを受けた。

「実は『春夏秋冬』はメジャーデビューの1年前にはすでに出来上がっていたんです。この曲はラップ歴9年目になる当時の自分の集大成として、かなり納得のいく自信作でした。周りの人たちにも聴いてもらったところ、“いい曲だし絶対売れるよ”という反応でしたね。

メジャーでも十分に戦える曲だと思ったので、複数のメジャーデビューのオファーのなかで、一番いい条件を提示してくれたレコード会社にだけデモを渡そうと決めていました。

そのため最初は『春夏秋冬』の存在を隠して各レコード会社と話し合いをしていたんです」

『春夏秋冬』のジャケット(写真/HilcrhymeオフィシャルHPより)
『春夏秋冬』のジャケット(写真/HilcrhymeオフィシャルHPより)

そんな“秘蔵の自信作”『春夏秋冬』は、どのようにして生まれたのか。

「当時アルバイト先だったバーが、夕方6時から朝の6時までやっていたんですけど、1人で閉店作業をしてから、朝がた店の中で一人でPCを開いて歌詞を書き上げました。

春夏秋冬というタイトルですけど、四季の風景を見ながら歌詞を思いついたとかじゃないんですよ(笑)。

歌詞はまずサビから作成したんですが、サビは8小節で構成されるんです。

はじめに“今年の春はどこに行こうか”というフレーズを思いついて1小節が完成し、春に続くものといえば夏なので、次に夏で1小節を作り……といった感じで、結果的に季節を歌った曲になったため、タイトルを後付けで『春夏秋冬』にしました」

「会社員を3か月で辞めた」“生きてる実感”を求めたヒルクライムTOC、名曲「春夏秋冬」誕生の裏側_4

そして熱烈なオファーを受けた現在のレコード会社のユニバーサルミュージックとメジャー契約。

2009年7月にインディーズ時代の人気曲だった『純也と真菜実』を“ヒルクライムの名刺代わり”となるファーストシングルでリリースし、その後セカンドシングルで『春夏秋冬』をリリース。

この流れは、セカンドの『春夏秋冬』のヒットを見込んでのリリース戦略だった。『春夏秋冬』ヒット時の心境についてTOCはこう語る。

「最初に自分らがテレビで取り上げられたのが、朝のニュース番組『めざましテレビ』でした。出演情報を事前に親に伝えていたのですが、番組を見てやっと親は僕のことを認めてくれたというか……ホッとしたようです。

自分自身もアルバイト生活から抜け出せたことが純粋に嬉しかったですし、安定した道のはずだった会社員を辞めてしまったけれども、その決断は間違っていなかったんだと改めて実感しました」

ファーストシングル『純也と真菜実』のジャケット。当時『めざましテレビ』のキャスターなどで活躍していた皆藤愛子の花嫁姿も話題を呼んだ(写真/HilcrhymeオフィシャルHPより)
ファーストシングル『純也と真菜実』のジャケット。当時『めざましテレビ』のキャスターなどで活躍していた皆藤愛子の花嫁姿も話題を呼んだ(写真/HilcrhymeオフィシャルHPより)