実は救っていたのは「ご家族」だった
東 今回、この本を書くにあたって希少がんや原発不明がんについて調べましたが、腫瘍内科の先生って全体的に少ないですよね。がん治療においては、今後絶対に重要な存在だと思うんですけれども……。
下山 がんは治らないケースが多いですから、「負け続けなければいけない」というつらい現実に直面せざるを得ません。医者になる人間というのは、自分は何人を治したとか、この人の運命を変えたんだ、人生を変えたんだ、というのが頑張れる糧となることが多いと思います。
がんの専門に進むということは、勝てないフィールドに勝負しにいくことを意味しますので、そもそもあまり好まれないのかもしれません。
東 「治らない」という現実を理解するのは、患者としてもなかなか大変です。夫の保雄の場合も「これは治らないがんです」と言われましたが、頭が理解するのを拒むというか、じゃあどういうことになるのか具体的にイメージできませんでした。
下山 それも当然のことだと思います。少し前の時代はどうだったかというと、治らない、治療を諦めるということはイコール患者さんを見捨てることである。患者さんを絶望の淵に追い込むことだ。だから1%でも可能性があるならば、亡くなる直前まで抗がん剤治療をやるべきだ、それが医者としての正義だ、という価値観がありました。
しかし、それによって治る方は当時も1人もおられませんでした。それでも医者が諦めないことによって患者さんは救われるんだ、と先生たちは確信していたんです。ところが、実は救っていたのは「ご家族」だったんですね。患者さん当人は置いてきぼりだったんです。本当の現実をあえて伝えないわけですから。私は研修医のころ、緩和ケアに移行せず抗がん剤をやり続ける姿勢に疑問を持っていました。
実際には、余命2~3ヶ月かもしれない。本来であれば、その2~3ヶ月は大事なご家族に何を残すかとか、会社を経営されていたら従業員の方々をどうするかとか、大切なことを色々と決めなければいけない貴重な時間です。しかしそこで「治療を頑張りましょう、治るかもしれません」と言えば、その現実から目を背けさせることになってしまいます。
本当のことを言ったら、患者さんが悲嘆して自殺してしまうかもしれない。それを恐れて本当のことは家族にしか伝えず、患者さんを置いてけぼりにして治療方針を決めていたのが、私の研修医時代でした。研修医なりに、それはおかしいと感じていました。
東 昔はがんの場合でも、患者本人には言わなかったですよね。
下山 でも今は、嘘はすぐにバレます。薬をネットで調べれば何に使うものなのか、すぐにわかってしまいますから。やっぱり患者さんと真に向き合おうと思ったら、本当のことを言うしかありません。
私も経験したことがありますが、嘘がバレた瞬間に患者さんはとてつもない絶望に襲われます。誰も信じられず、頼れなくなってしまうわけです。目の前の医者は嘘を言っている、と。そういう患者さんの姿を見てきたので、医者は本当のことを言って信頼を得るしかないと思っています。
ただし、余命1~2か月の時点でそれを本人にお伝えしても、受け止められない患者さんもおられます。なので、ただ単に本当のことを言えば良いというものではありません。病状やお伝えするタイミング、そして患者さんご本人、さらにはご家族の考え方が大事になってきます。そういう意味では、最初から当科で治療を進めていれば、もっと良いタイミングでご説明ができただろうと思うことも多いです。
昨今では緩和ケアが発達しています。患者さんのメンタルの部分についても、過去の医療経験を基に「逃げる必要はない」ということがわかってきましたので、伝えにくいつらいニュースについても、できるだけ最初にお伝えするようにしています。そのほうが実は信頼関係を構築できるのだと、自分の経験からもわかってきました。なので、患者さんが知りたいという立場であれば、「この病気は治らない」ということでも隠さずにお伝えするようにしています。














