美人に勝つために母から学んだこと

会社員から芸能人へ。上司からは「ここで政治・経済の下働きをするより、子どもに囲まれているほうが君らしい」と背中を押され、「ホッとして羽ばたけた」。『ロンパールーム』2代目先生を務めた1966年〜1969年の3年間を、うつみさんは「いま振り返っても幸せ」と微笑む。

「無邪気で可愛いですよね、子どもは。収録中だけど何でも言うんですよ。たとえばミルクを飲むシーンでも、実際にはミルクがあんまり入っていなかったりすると平気で『少ねぇな』とか言う(笑)。でもそういうときは、『時間があまりないから、残りはおうちで飲んでね』ってちゃんと答えてあげると納得してくれます。やっぱり、頭ごなしに打ち消すのではなく、向き合うことですよね」

ケロンパの愛称で多くの子どもたちに親しまれた
ケロンパの愛称で多くの子どもたちに親しまれた

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柔和で言葉の端々に体温を感じられるうつみさんだが、海千山千の芸能界を生き抜くのは並大抵のことではない。ときに共演者から露骨な悪意を向けられることもあった。

「『巨泉・前武ゲバゲバ90分!』の収録開始10秒くらい前に、とある共演者から突然『ブス!』と罵られたんです。最初はどうしていいかわからないですよね。本番に入るわけですから、泣くわけにもいかないし。

その話を母にしたことがあるんです。すると母が、『悪口は本当のことしか言わないからね』と言うんですよ(笑)。思わず『じゃあどうすればいいのよ』って聞き返したら、『美人に勝つには、笑うことだよ』って。それ以降は、『ブス』と言われても『そうですかぁ』と言えるようになりました。

芸能界に限らず、一般社会でもそうだと思いますが、中途半端な人間ほど他人を虐げますね。当時、大きい部屋の楽屋を用意されていた朝丘雪路さんのような一流の方は、人間性も一流なのでそんなつまらないことはしませんでした」