「金太郎、つっぱねる。」(集英社文庫・コミック版3巻収録)

金太郎が完全敗北を喫する

『サラリーマン金太郎』第30話では、“作中最強キャラ”といっても過言ではない人物が登場する。

舞台はヤマト建設が受注した荒船山トンネル工事。だが現場はすでに正常ではない。工期は2カ月以上遅れ、下請けの一ツ橋土木が実質的に主導権を握っている。さらに背景には前社長時代の裏金疑惑もある。会社同士の約束はこじれ、現場は半ば“人質”状態だ。

そこへ送り込まれたのが新人の矢島金太郎。

赴任初日に作業員の女性への乱暴を目撃し鉄拳制裁を下した金太郎は、これまでと同じように「拳」で押し通そうとする。

「本社からの返事は、工期までに工事を完成させるということだ。仕事の約束ってのは男の命だぜ」
「てめえらが動かねえってんなら、力ずくで動かしてやるよ」

と、荒くれ物の作業員たちを前にして臨戦態勢だ。

そこに立ちはだかったのが、一ツ橋土木の社長である。巨体。異様な存在感。だが本当に恐ろしいのは、その余裕だ。

一ツ橋土木の社長は、金太郎に握手を差し出す。和解か――そう思った次の瞬間、異変が起きる。

金太郎の顔がみるみる歪んでいく。

「俺たちは約束を守ってきた。破ったのはヤマト建設の方だ」

そう静かに言いながら、社長は金太郎の手を締め上げる。握手ではない。握り潰しだ。金太郎の指の骨が軋む。バキ、バキ、と嫌な音が響く。

これまで数々の強敵をねじ伏せてきた金太郎が、ここまで苦痛を露わにする姿はなかった。だが今回は違う。あまりの激痛でついに膝をつく。

社長が背を向けた瞬間、金太郎は怒りのまま、背後からつるはしを振り下ろす。常識なら致命傷の一撃だ。

しかし――社長は倒れない。額から血を流しながら、微動だにしない。表情も変わらない。怪物だ。

そして次の瞬間、たった一発の張り手で金太郎の体が宙に舞う。単純な動作で、圧倒的ヒーローが吹き飛んだ。これまで暴力で道を切り開いてきた金太郎が、真正面から力で叩き潰された。

そこでよみがえるのが三田善吉の言葉だ。

「暴力など上には上がいくらでもいる」

30話は、金太郎の拳が初めて通じない瞬間を描く。読者の間で“作中最強クラス”と語られる一ツ橋社長。このエピソードが示すのは、金太郎が暴走族の総長の延長では通用しない世界に入ったという事実だ。

拳では越えられない壁を前に、金太郎は何を武器にするのか。第30話は、物語が次の段階へ踏み込んだ瞬間なのである。