愛川欽也が大事にした考え方
「平和が大切。愛川欽也」――キンケロ・シアターに入り、奥へ突き進むと、ひときわ存在感のある書が見えてくる。うつみ宮土理さんは夫・愛川欽也さんを一言で「存在そのものが平和」と表現した。
俳優や司会者として活躍し、没後10年以上経つ現在においてもなおその名声を轟かせる愛川さんだが、名門・浦和高校時代からその片鱗を見ることができる。
教師をして「世のため人のためになる逸材」と言わしめ、常にトップクラスの成績を誇ったが、通学路に映画館を見つけたことで映画にのめり込んだ。後年、愛川さんから聞いた話として、うつみさんは微笑む。
「ジャン・ギャバン(フランスの映画俳優)がパンをちぎってバターを塗るシーンを観たとき、『男が惚れる男だ』と感じたそうです。それで、学業ではなくて映画の方向へ完全に没頭したとか。
昔、『どうして東大とかいい大学へ行かなかったの』と聞いたことがあるんです。すると、『ジャン・ギャバンが呼んでたからだよ』と言っていました。結局、パンをちぎるシーンがなんていう映画なのか、いまだにわからないのですが(笑)」(うつみ宮土理さん、以下同)
うつみさんは『シャボン玉こんにちは』での共演で出会い、1978年に結婚、愛川さんの他界までを添い遂げた。夫婦生活については「喧嘩はゼロ」とうつみさんは言い切る。
うつみさんとともにパートナー・オブ・ザ・イヤー(2005年)を受賞し、最高齢テレビ司会者としてギネス記録に認定される(2014年)など、愛川さんは多分野にわたってその功績を認められてきた。
愛川さんは「絶対に物を粗末にしない人」だとうつみさんは述懐する。壁に飾られた額縁の書を近くでよく見ると、どれもカレンダーや台本などなにかしらの印刷物の裏紙であることが確認できる。「頭が良くて、いつも何かの裏紙に赤鉛筆でメモをしていましたね」とうつみさんは目を細めた。
「恥ずかしかったのは、『なるほどザ・ワールド』に出演したとき、擦り切れたシャツが映ってしまったときですよ。私は新しいシャツを買っているのですが、『まだ着られるから』と言って頑なに着ようとしないんです(笑)」
物もちの良さもさることながら、愛川さんは人との縁も大切にした。
「たとえば大人数で番組をやっていたら、誰かを選んでご飯に誘うことはしない人でした。そうではなく、全員を誘ってファミレスに行く、みたいなタイプの人。キンキンは人を分け隔てることをなにより嫌いましたから」
あるときは、共演者が番組の外国籍スタッフに対してわざと日本語読みではない呼び方で揶揄したのを叱りつけたこともある。
「キンキンが『どうして彼が名乗った通りに呼ばないのか』と叱責している場面を見たことがあります。非常に優しく温厚である一方で、あらゆる不正義を許さない厳しい姿勢もありました」














