「今でも子犬と高齢者と5歳前後までの子から人気」

キンケロ・シアターのエントランスは、白を基調とした開放的な空間だ。無駄なものが一切なく、シンプル――随所に設置された額縁のなかで愛川欽也さんの書が確かな温もりを放っていた。

ほどなくして、スポーティーな服装でこちらに向かってくる女性の姿を認めた。姿勢がよく、スレンダーで、スタスタと近づいてくる。「わざわざありがとうございます」。そう言うと彼女はお辞儀をした。うつみ宮土理さん、芸能生活60周年を迎える大ベテランだ。

お茶の間の人気者というイメージが強い彼女が芸能界の入口に立ったのは、まったくの偶然だった。もともと、うつみさんは実践女子大学を首席で卒業するほどの才媛。その後は朝日新聞社が発行していた『This is Japan』の編集者をしていた。

「以前から、文章を書く人に憧れていたんです。文豪の写真を見ると『かっこいいなぁ』なんて思ったりして。

たまたま欠員募集をしていた朝日新聞社に応募したら、400人くらい応募があったなかの最終選考3人に残りました。でも、同じ試験を受けた人のなかにジャーナリストの下村満子さんもいらっしゃって。

当時すでに海外経験も豊富でいらっしゃって、『自分なんか入れるわけない』と思っていたのですが、たまたま論説委員のなかに『頭のいい子ばかりで疲れたから、こういう子もいいんじゃない』と推してくれる人がいて。下村さんと同じく、私も身を置かせてもらえることになったんです」(うつみ宮土理さん、以下同)

今年芸能活動60年を迎えたうつみさん
今年芸能活動60年を迎えたうつみさん
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当然、最初は下働きの日々。だが上司から命じられた取材先で、運命が大きく変わる。向かった先は、子ども向け番組『ロンパールーム』のオーディション会場だった。同番組は、アメリカ発の幼児向け番組を下敷きとして、1963年から1979年まで日本テレビ系列で放送され人気を呼んだ。

「会場では、若くて美人な方たちを集めて選考を行なっていました。『ロンパールーム』は5~6歳くらいの子どもたちと一緒に出演する番組だったので、その場には子どもたちもいました。

私はいつの間にか、子どもたちとおしゃべりに興じてしまったんです。『お姉さん、どうしたの?』『記事を書くんだよ』なんていって。子どもが『(オーディションが)つまらない』と言うので、一緒にかごめかごめをやったのを覚えています」

子どもが自然と懐き、引き寄せられる。「今でも子犬と高齢者と5歳前後までの子からは人気があるんです」と笑ううつみさんの魅力を、当時の番組スポンサーが見抜いた。

「どうやら、鶴の一声で2代目ロンパールーム先生役に決定したようです。ただ、そのニュースが翌日の新聞に載って、しかもその新聞を会社では私が配ることになったので、ちょっと恥ずかしかったですね」