ニューヨーク発、ポップカルチャーの震源地から生まれた伝説
1960年代のアンディ・ウォーホルは、ポップアート界の中心にいた。
主宰するスタジオ「ファクトリー」は、ニューヨークにおけるポップ・カルチャーの震源地となり、ボブ・ディランやローリング・ストーンズ、トルーマン・カポーティやイーディー・セジウィックら、ミュージシャンから文化人、モデルやアーティストたちが集まる場となっていた。
ウォーホルは、有名人、死、企業製品などをモチーフにしたシルクスクリーンによるアート作品を次々と生産。
さらにアートの世界にとどまらず、実験映画の製作へも活動の場を広げ、アンダーグラウンドの帝王として君臨。今度は音楽や映像やダンスなどを融合させた新しい舞台に挑戦したいと考えていた。
この頃、ウォーホルが目をつけたのが、ルー・リードとジョン・ケイルが結成したヴェルヴェット・アンダーグラウンド(以下ヴェルヴェッツ)だ。まったくの無名だった彼らに、イベント参加を打診する。
『エクスプローディング・プラスティック・イネヴィタブル』の第1回公演がニューヨークで開催されたのは、1966年1月13日のこと。
メインを務めるのは、ヴェルヴェッツとウォーホルの映画『チェルシー・ガール』で主役を務めた元モデルのニコ。
真っ暗な室内を怪しげな照明が照らす中で、ダンサーが舞い、ヴェルヴェッツの演奏とともにルー・リードの文学的な詩が響き渡り、観客も巻き込んで異様な空間を築き上げていく。
バンドの代表作の1つとなる『ヘロイン』は、このとき初めてステージで披露された。
音楽とダンス、フィルムと照明を組み合わせて、会場に来た聴衆も巻き込んだマルチメディア・イベントの『エクスプローディング・プラスティック・イネヴィタブル』は、文化人を中心に高く評価された。
そして公演を重ねる中で、「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」という名も少しずつ広まっていった。














