金欠の美術学生が掴んだピンク・フロイドとの初仕事
1968年のある日のこと。
ロンドンの安アパートに友人たちと同居していた金欠の美術学生ストーム・トーガソンは、アパートの住人の絵描きが成功したばかりのロックバンドのアルバムカバーの仕事を断ったのを見て、代わりに自分にやらせてくれと頼みこんだ。
ストームはすぐに「誰か一緒にやらない?」と友人たちに話を持ちかけた。するとオーブリー・パウエルがやりたいと言ってきた。ストームとオーブリーは二人で仕事に取りかかることにした。
正直、目の前のチャンスをつかんだものの、何をどうすればいいのかわからなかった。でも何とか仕上げてみた。それは同年に『A Saucerful of Secrets』(邦題『神秘』)というタイトルでリリースされた。バンドの名前はピンク・フロイド。
「これをきっかけに僕たちは一緒にビジネスを立ち上げ、ヒプノシス(Hipgnosis)と名乗ることにしたんだ。これは僕たちが住んでいたアパートのドアに誰かが引っ掻くようにして殴り描いた文字だった」(ストーム・トーガソン)
Hip(新しいもの)とGnosis(霊的意識)の合成語。「Hipnosis」であれば催眠術という意味になり、別のスペルでは「HiP&New」という意味にもなる。二人はこの言葉が気に入った。
その後、大学を卒業した二人は、1970年にロンドンのソーホーの東にあるデンマーク・ストリート6番地にオフィスとスタジオ用に2フロアを借りた。
デザインの仕事場というよりは、みすぼらしい衣料品工場のように見えた。打ち合わせの広間は、いつも暗室から漏れる定着液のきつい臭いに支配されていた。
だが、この場所で伝説的で独創的な仕事のアイデアが次々と生まれていったのだ。