ボブ・ディランをはじめ多くのミュージシャンが注目していたザ・クラッシュ
その1枚が撮影されたのは、1979年の9月21日、ニューヨーク・パラディウムで開かれたコンサートでのことだった。
この年の夏、ロンドンで新作アルバム『ロンドン・コーリング』のレコーディングを終えたザ・クラッシュは、2回目となるアメリカでのツアーをスタートさせていた。
2か月近くにわたって、アメリカ各地を回るという強行スケジュールだったが、ジョー・ストラマーの溢れんばかりのバイタリティに導かれるようにして、バンドは行く先々で快進撃を続けていた。
この頃にはアメリカでもザ・クラッシュへの関心は高まっていて、ボブ・ディランをはじめとする多くのミュージシャンがコンサートに足を運び始めた。
ニューヨークでのコンサートは9月20日からだった。会場となったパラディウムは、1927年に建造された映画館で、1976年にコンサートホールとして改修された。
“事件”が起こったのは2日目のことだった。バンドは初日よりも調子を上げ、ショーは順調に進んでいた。しかし、最後の曲『白い暴動(White Riot)』を演奏している時に突然、ポール・シムノンがベースギターを床に叩きつけたのだ。
その衝撃に耐え切れず、ネックの部分が見事に折れてしまった。当時、ザ・クラッシュの専属カメラマンをしていた写真家ペニー・スミスによって、まさに叩きつけようという瞬間がフィルムに収められた。
その写真を新作アルバム『ロンドン・コーリング』のジャケットに使おうと提案したのは、ジャケットのデザインを手掛けることになったイラストレーターのレイ・ローリーだ。ところが写真がピンぼけしていることを理由に、ペニーはその提案を拒否した。
失敗したと思っている写真をジャケットに使われることに、プロとして抵抗を抱いたのは当然の反応だろう。しかし、レイのアイディアにジョーも賛同したことで、ペニーが押し切られる形となり、ポールがベースを壊す瞬間の写真が使われたのである。
完成したジャケットは、衝動的なエネルギーに満ち溢れて、ロックンロールへの原点回帰ともいうべき仕上がりとなる。左と下に置かれたL字型の文字組みは、エルヴィス・プレスリーのデビュー・アルバムに対するオマージュだ。
当初は写真を使われることに抵抗していたペニー・スミスだが、後にポール・シムノンの顔が写っていないことが、逆に印象的なヴィジュアルになったと語った。一見しただけでは、誰がベースを叩き壊しているのか分からない。だからこそこの写真は、パンク、あるいはロックの象徴ともいうべき1枚になったのだろう。













