ころからのロゴ
「ころからのロゴを見て、これは洋菓子店なのか、はたまた和菓子屋なのか、そのどちらでもない感じを出してほしい」
すると、ますますワケ分からんという顔をされた。が、構わずにさらなるリクエストをした。
「これからはDTPの時代。基本形のほか縦位置にも横位置にもトランスフォームできるようにしてほしい」
もう、なにがなんだかではあるが、なみへい氏は素晴らしいアイデアを提供してくれた。
まず「こ」「ろ」「か」「ら」の文字を消しゴム判子の手法で手彫りし、その印影をスキャンして丸や四角のなかに一文字ずつ収める。そして、それらを四角形に、あるいは縦長に、または横長に連結する手法だ。
そして、朱色にすることで蔵書印のイメージも出してくれた。素晴らしい。
残るは、「洋菓子店でもなく和菓子屋でもなく、それでいて両方を兼ねている」という無茶ブリだ。少しずつ文字を修正し、2校、3校と出してもらい、「ここ!」というポイントで止めてもらった。
それが、現行のロゴだ。
ロゴこそ、「なくても困らない」シロモノだ。が、あるとうれしくないかい?
大企業ならCI(コーポレート・アイデンティティ)といって、数億円のコストをかけてロゴを含む社のイメージを刷新することもある。それを、「ひとり出版社」が真似ることはできないし、猿まねになる危険性もある。しかし、信頼できるイラストレーターやデザイナーが身近にいるなら、ぜひ相談した方がいいと思う。
ギャランティをどうするかなど難しい問題はあるが、いつの日かロゴによって読者が瞬時に社名を認識してくれる可能性があるなら、トライする意味はあると思う。瞬時に理解したなら、「どういう意味ですか」と問われなくなるという効用(?)もあるだろう。
「SONY」や「Kodak」は特定の意味を持たず、どの言語でも同じ発音となる造語だという。だが、あのロゴを見れば、人は「SONYって、どういう意味?」とは問わない。問答無用。
いや、そんな世界戦略にのっとった企業でありたいのかどうか、自分でもよく分からないのだが。
でも、ないと困る社名と、なくても困らないロゴ、このふたつが揃ったとき、ようやくスタートラインに立てた気がした。
そして、「ころから」の社名を見るたび、書店員が「あー、『○○』のころからですね」と書名と結び付けてくれるようがんばらなきゃと思いを新たにしている。













