世の中は良くも悪くも「加藤直樹」を知らない
加藤さんたちの話し合いにより、コレクティブ名ではなく個人名で刊行してよいと合意がなされた。ただし、写真撮影者には一定のギャランティを支払ってほしいとの依頼があった。
しかし、著者名は加藤直樹なのか鹿島拾市なのか─。
ぼくは、原稿がほぼ定まり、カバー案も確定しつつあった2013年12月、彼にこう提案した。
「まもなく新年です。元日の朝に、筆者名を決めてはどうでしょう?」と。
そこには、「新たな1年の始まりだから、新たな名で挑戦してほしい」との思いを込めた。それは「売れるように」するため、というあざとい理由からだ。自分でも恥ずかしくなる。
人の名は不可侵なものだ。通称であれ、戸籍名であれ、「こう呼ばれたい」という名があって初めて本人が確定できるのである。なのに、「売れるように」との一心で、「拾市」よりはぐっと若く感じる「直樹」の名を冠してほしいと切に願ったのだ。
が、そんな葛藤はおくびにも出さず、年が明けて1週間ほど経った頃、加藤さんに尋ねた。
「筆者名、どうしましょう?」
加藤さんは答えた。「加藤でお願いします」と。
そのとき、まるで無名の著者による本であることが確定したのだ。が、ぼくは小さくガッツポーズした。それは、いまも加藤さんに対して内緒にしている。
さて、内容、タイトル、著者名が確定した。
残るは「帯」だ。くどいが、世の中は良くも悪くも「加藤直樹」を知らない。無名の人が書いた本を買うのは、そうでない場合よりいちだんとハードルがあがる。そこで、「帯」が機能する。
帯は、世界でもまれな日本特有の慣習であり、煽り文句を記すために存在する。購入した読者にとっては、宣伝臭が立ち昇る「邪魔モノ」以外のなにものでもない紙切れだ。
が、世の出版社は、あの紙切れのためにない知恵をしぼり、編集者同士が、あるいは編集部と営業部が侃々諤々(かんかんがくがく)やり合う。あの紙切れのために犬猿の仲になった社員同士は数知れず。それほどに大切なものだ。
今回の場合は、単刀直入にいって「有名人」であることが求められた。とある打ち合わせの席で、ぼくは加藤さんに尋ねた。
「帯の推薦コメントを依頼するにあたって、どんな人がいいですかね?」
加藤さんは答えた。
「有名なら有名なほどいいですね」
「たとえば、村上春樹とか?」
「いいですね」
「では、有吉弘行はどうですか?」
「村上春樹のつぎにいいですね」
この実質をともなわない会話で、ぼくのハラは決まった。
作家でありラッパーのいとうせいこうさんで行こうと。













