現代のヘイトスピーチにつながるアクチュアルな1冊
「ちょっとなに言ってるか分からない。著者名は書いた本人の名前に決まっているじゃないか」という反応が手に取るように分かる。
だが、それは「村上春樹」とか「宮部みゆき」とか、その名前自体に意味がある、言い換えれば、「名前で売れるのだから変える必要のない」作家たちを念頭に置いているからであって、多くの本はそうではない。
「とはいえ、書いた本人は決まっているだろう?」との声が聞こえてきそうだが、では、『九月、東京の路上で』を「書いた本人」は誰だろうか。
ブログは複数メンバーによって運営されていた。写真を撮った人やロケハンした人がいる。文章を書いたのは加藤さんだが、関東1円の虐殺事件から90年後の同じ日付に「リアルタイム」でネットにアップしたのは別のメンバーだ。
まず、このコレクティブを構成するメンバーを著者名にするのか、という問題。
さらに、じつはこの時点で、「加藤直樹」という人物は社会運動にかかわる人たちの間でも、ネット上でもまったく知られていないという事実があった。彼は、長年にわたって「鹿島拾市」の名で活躍してきたのだ。
ぼくなど「鹿島」の「拾市=十一」ということは、彼はアントラーズのサポーターなのか、といぶかっただけでなく、なんと古めかしいペンネームかと思った。名前から「昭和11年」生まれかと推測してしまうほどの古さ(ちなみに、彼は鹿島サポーターではないし、1967年生まれだ)。
90年前のことを、老齢と思われる在野研究者が書いた本を、どれだけの人が手に取ってくれるだろうか。いや、そんなことより、この本が現代のヘイトスピーチにつながるアクチュアルな1冊だと認識されるだろうか。













