経営者となった今も「規格外」

マーケター集団・刀を率いる今も、森岡は「規格外」を自覚している。

「世の中の隅っこから真ん中を見ている感覚は、今も昔もあまり変わっていないですね。昔と違うのは、隅っこなりの気づきがあって、世の中に貢献できる方法があるとわかっていることです」

森岡毅氏(写真/稲垣純也)
森岡毅氏(写真/稲垣純也)
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何歳になっても「ほどほどにうまくやる」ということが、森岡には難しかった。何事も徹底する性格なので、適度なところで判断ができる「真ん中の人」がうらやましくて仕方なかった。

「逆に真ん中の人から『普通じゃないから、大きなことができるんですね』とうらやましがられることも多いです。その指摘は正しいのでしょうが、だからと言って、世の中を窮屈と思う感じが消えるわけじゃありません」

世間との齟齬を常に意識させられてきた森岡だが、人を嫌いになったことはない。「マーケティングという職能の最大の魅力は、人の本質に迫るところですから」と迷いなく言い切る。仕事で失敗をしたこともあるが、それでも歩みを止めることがなかったのは、「人が好きだったから」に尽きる。

そもそも勝つ方法を数学的に追求する合理性と、歴史が好きで日本人の伝統的な価値観に共感する情緒を併せ持っていること自体が、マーケターとして異質と言える。

「私は数学にも興味があるし、人にも興味がある。たとえて言えば、頭の中に冷たさと熱さが同居しているような感じです。それが私のちょっと変わっているところかもしれません」

経営者となった今は、USJ時代までには無縁だった緊張感も生じている。

「その緊張感が常につきまとうのです。世の中は、ある程度、私の変人ぶりを受け入れてくれたかもしれませんが、それでも人々の期待を大きく外すわけにはいきませんから」

今でも世の中の常識が間違っていると思うと、義憤に駆られ、批判の言葉が止まらなくなることがある。

「空気を読んで、厳しい発言を控えるのも、自分らしくないと思ってしまうんですね。偏屈な天邪鬼みたいなものですよ」

本人はそう笑うが、むしろ真っ正直すぎて、世間の曖昧さが許せないのかもしれない。

刀の従業員は今や100人を超えている。30人体制の頃は、森岡が組織全体に指示を出していたが、将来的にはいくつかの事業部に分けて、基本的な判断はそれぞれの責任者に任せていくつもりだ。各部署の要請があれば、いつでも森岡はプロジェクトに加わる。

「USJの時は私とともに仕事をする社員が240人くらいいて、それぞれの顔を覚えていました。だから、人数だけの問題だったら、私が統率できるかもしれませんが、刀が進めているプロジェクトはいくつもあります。そうなると事業部を分けて、それぞれに任せたほうが効率がいいでしょう」