森岡毅はいかにして森岡毅になったのか
「マーケティングで日本を元気にしたい」
森岡毅の歩みは、常にこの信念に基づいていた。
P&Gでマーケターとしての地歩を固めた後、経営危機に瀕していたUSJに転職し、わずか数年で立て直す。「V字回復」という言葉は、USJの再建を機に、ビジネスにそう関心がない層にまで広まった。
2017年にマーケティング会社、刀を設立。日本各地の企業の課題と対峙する。それが森岡の大義だからだ。ネスタリゾート神戸(兵庫県)、西武園ゆうえんち(埼玉県)、イマーシブ・フォート東京(東京都)などのテーマパークをはじめ、外食の丸亀製麺、食品メーカーのニップン、金融の農林中金バリューインベストメンツなどさまざまな業種に挑み、人々の耳目を集めた。
そして、2025年7月にジャングリア沖縄を開業。ここに至るまでの道のりは、資本の少ないベンチャー企業にとって、無理筋と言える高いハードルの連続だった。しかし、森岡は沖縄の活性化を「誰かがやらなければならない挑戦」と捉え、幾多の困難を乗り越えてきた。
森岡は自分について「目的を達成することが異常に好きな人間」と評する。特にその目的が自己を満足させる「個」のものではなく、社会の変革に直結する「公」のものである時、達成への意欲が増し、「尋常ならざる思考」を繰り返すという。
森岡のこうした性格は、大人になってから身についたものではない。その芽生えは、すでに幼少期に見られ、成長とともに育まれた。
ただし、そこには、きらびやかな天才神話があるわけではない。森岡の人格はさまざまなコンプレックスに苛まれながらも、たゆまぬ営為を積み重ね、自己の素質を伸ばしてきた賜物であった。
消費者理解に長けた戦略的マーケターがいかにして生まれたのか。その歩みを、幼少時代から振り返ってみたい。













