「経済とは誰のためにあるのか」

1兆ドルという数字の向こう側に見えるのは、勝利した国家の姿ではない。

自国の国民を豊かにすることができず、かといって生産を止める勇気も持てず、アクセルを踏み続けるしかない、制御不能になった巨大なマシンの姿だ。

習近平氏の怒りは、これから訪れるであろう、より困難な未来への焦りの表れなのかもしれない。

私たちは、1兆ドルという派手な数字に惑わされてはいけない。その数字の下には、広大な原野に捨てられた自動車たちのように、行き先を見失った経済の迷走が横たわっている。

本質的な価値を見失い、ただ数字だけを追い求めた先に待っているのは、繁栄ではなく、静かな孤立である。中国経済の現状は、私たちに「経済とは誰のためにあるのか」という、根源的な問いを突きつけているのだ。

文/小倉健一 写真/shutterstock