バブル崩壊後の日本にはまだ、製造業があった

中国の若者は怠けているのではない。ましてや、働く意欲を失ったわけでもない。彼らが職につかないように見えるのは、個人の価値観や気質の問題ではなく、そもそもこの国が若者を受け止めるための雇用装置そのものを失ってしまったからだ。

それは失業という言葉で片づけるにはあまりに的外れで、むしろ国家モデルの老朽化が最も末端の世代にまで及んだ結果としての「静かな排出」に近い。

かつて中国は、不動産と建設を経済の心臓部に据え、土地財政を起点として地方政府、金融機関、関連産業、消費、雇用を一本の太い循環回路に組み込み、高速成長を実現してきた。

しかしその循環はいま、致命的な目詰まりを起こしている。恒大や碧桂園といった巨大不動産企業の行き詰まりに象徴されるように、新築住宅の販売は長期低迷に入り、土地収入に依存してきた地方政府は、新規採用どころか既存職員の給与維持にすら苦しむ立場へと転じた。