文京区湯島の高台をロシア人街に
土地の高低差を巧みに利用

──このシリーズ各巻の巻頭にある地図は、かつての江戸の中心地でもあります。江戸城は武蔵野台地の一部である麴町台地の東端に築城された平山城で、その東側の低地に町民が住まう下町が形成されました。江戸時代から高台には武士階級が、低地には庶民がという、土地の高低による住み分けがありました。それを踏襲して、東京の土地の高低差を実に巧みに使っているなというのが、この小説を読んで最初に感じたことでした。

 日本がロシアに占領されたら、どこにロシア人街ができるだろうかと想像したときに、絶対に復活大聖堂(ニコライ堂)が中心になるはずだと思いました。それで現在の文京区湯島の高台のあたりをロシア人街にしました。

──二作目の『偽装同盟』で殺される日本人女性は同じ湯島でもロシア人街との境である、坂の途中にあるアパートに住んでいましたね。ロシア語を学び、なんとかロシアと関係する仕事に就いて、もっと良い暮らしをしたいと考えていた女性の姿を象徴するようなロケーションでした。

 ロシアの統監公邸をどこにしようかと考えたとき、最初は不忍池(しのばずのいけ)の脇にある旧岩崎邸も考えたのですが、低地にあるのでそこではないだろうと。そうしたら東京大学の敷地の一番南の加賀藩が持っていた敷地に、洋館が建てられていたことがわかりました。そこを接収して統監公邸にするというのは自然だと。それから天皇を監視下に置く必要があるので、統監府は祝田橋(いわいだばし)の正面にあるという設定にしました。あれは完全に新しく建てたことにしています。実際には道路が走っていて、東側が日比谷公園の一部で、西側にいまの法務省があるあたりですね。統監府の裏手には歩兵連隊が駐屯し、皇居前広場の反対にはコサック騎兵連隊が駐屯しています。

──皇居を挟む形で大日本帝国の最高権力者ににらみをきかせているわけですね。

 本郷台地にある統監公邸と復活大聖堂の前を通り、統監府を結ぶ大通りを「クロパトキン通り」と名付けるなど、いろいろ考えていったわけです。

──余談ですが昭和四十年代初めから次々と都電が廃止されていってしまい、いまでは専用軌道が多い荒川線を残すのみとなってしまいました。この物語の時代である大正六年、七年ごろの市電路線図を見ると、戦後の全盛期とあまり変わらず、東京中を網の目のように走っています。新堂は捜査現場と警視庁庁舎の行き来や、下谷車坂にある自宅への行き来など、頻繁に市電に乗っているので非常に懐かしい思いがしました。それから今はもうない総武線の万世橋(まんせいばし)駅が、重要なシーンも含めいろいろな場面で頻繁に登場するのも、鉄道好きの読者の琴線に触れるのではないかと思いました。

 もうすでにこのころは東京都内の市電の路線はできている時期ですね。そういえば数年前、お茶の水橋の舗装工事でアスファルトを剝がしたら、古い市電の線路が出てきて話題になりましたが、私も見に行きましたよ。