現代の女性の心も動かす氷室さんの物語の普遍性
今年、集英社オレンジ文庫で、かつてコバルト文庫で刊行されていた氷室冴子さんの『銀の海 金の大地』全十一巻が復刊されました。コバルト版刊行当時の氷室さんは、女性を取り巻く社会の理不尽さに対し、作品を通して闘い続け、女性の自由を訴え続けていました。『銀の海 金の大地』も、ヒロイン・真秀の戦いの物語です。
復刊版では、かつて旧コバルト文庫版を読んで感銘を受け、「私も小説家になりたい」と決心し、実際に作家になった方々が解説を寄稿していて、どの解説も心打たれる内容です。「彼女が書いた物語には普遍性があり、その『核』は、消えることなくちゃんと今に受け継がれている」と感じました。私も、第十一巻に解説を書いております。当時の氷室さんとお話ししたことや、作品への思いなどを綴りましたので、ご覧いただけたら嬉しいです。
『銀の海 金の大地』は、「古代転生ファンタジー」と銘打たれていて、当初の構想では、主人公の真秀と佐保彦が転生していく構想だったそうです。物語は残念ながら、「真秀の章」全十一巻で未完。真秀と佐保彦が転生した先の物語を、私たちは読むことができませんでした。でも、私はきっと真秀と佐保彦が最後は結ばれるに違いないと信じていて、読めないことが本当に残念です。
輪廻転生をテーマにした作品としては、三島由紀夫の『豊饒の海』全四巻があります。第一巻の主人公二人は悲恋に終わり、男性主人公が次の巻に転生していくのですが、最後まで読んでも結局二人が結ばれることはありませんでした。少女漫画家であり、少女漫画愛好家でもある私としては、『豊饒の海』のこの結末にはちょっと納得できかねるところがあって、だからこそ『銀の海 金の大地』では、生まれ変わった先で二人には必ず結ばれてほしいなと思っています。
仕事を忘れてお喋りに夢中
それが創作の原動力だった
生前の氷室さんとは親しくさせてもらっていて、二人とも宝塚歌劇のファンだったので、よく一緒に観劇に出かけました。舞台が終わったあとはお茶を飲みながら、お酒を飲みながら、飽きることなく感想を言い交わしたり、他愛ないファントークに興じたりして。本当に楽しかった。現実から離れて、華やかな別世界に旅する感覚です。一方で、氷室さんは「宝塚の主役は男装の麗人で、誰にも媚びることがない。さらに、女性性も男性性も兼ね備えている理想の人物像なんだ」と。そんなこともお話しされていました。
当時はお互い仕事に追われて忙しかったのですが、お互いに書きたいこと、描きたいことがたくさんあったので、作品を生み出す苦しみはあれど、創る喜びの方が大きかった。私は、創作することとは、自分の中で沸々としているものを昇華していく作業だと思っていて、氷室さんもきっとそうだったんじゃないかと思っています。
とはいえ、実際に会っている間は、お互い仕事のことは忘れて、口を動かすのに夢中でしたね。そうかと思えば、お喋りの最中にご家族やお友だちの話が出てきて、面白いなと思って聞いていたら、その後氷室さんのエッセイを読んだ時に「あっ、このエッセイ、この間聞いた話だわ!」なんてこともありました。時代もありますけれど、お互い強烈な親がいたので、愚痴めいたことを言い合ったりもして。
氷室さんは、エッセイにも書かれていますけれど、お母様がテレビの結婚相談で自分のことを相談した。氷室さんはそれを人づてに聞いて激怒された……と。時代が時代とはいえ、その話を聞いた時は、衝撃すぎてポカーンとしてしまいました。そういう私も、母とは漫画をやめろやめないで何度も大げんかしましたし、結婚しないことに対して圧もかけられました。
それが、二〇一〇年にNHKで放送された朝ドラ『ゲゲゲの女房』を見た母から「あんた、仕事しとったたいね」と言われて、拍子抜け。「漫画は仕事だ」と、どんなに説明しても理解してもらえなかったのに、NHKで取り上げられたら納得するのか! と。
私たちの時代はそんな苦労をすることもありましたが、今は仕事を頑張る女性はたくさんいて、たとえば私のアシスタントさんたちも、「漫画家になりたい」と親に伝えた時、特に反対はされなかった、という人がたくさんいます。そういう話を聞くと、職業選択の自由は定着したし、少しずつ、時代や女性を取り巻く環境は変わっているなと感じます。とはいえ、男女の格差というものは日本社会の構造的な問題として存在するので、きっと現代の女性は、私たちの時代とはまた別の困難を感じているのかもしれませんね。
氷室さんとは、いつからかお会いする機会が減ってしまいました。今思うと、きっとご病気が発覚されたからだったのでしょう。
それでも一度、二度は一緒にお芝居を見にいきました。氷室さんは、いつもと同じように振る舞っておられましたけれど、いきなり「萩尾さん、これをあげるわ。すごくお気に入りなの。よかったら使って」と、小袋をプレゼントされて。「え、そんな大切なものなのに、いいの?」と言いながら受け取りましたが、もしかしたら、氷室さんは治療を続ける中でいろいろ気持ちを整理されていて、何か記念になるものを受け取ってほしいというお気持ちがあったのかもしれません。














