※本書で紹介する事例は個人が特定されないよう修正を加え、登場人物はすべて仮名とする。

親に隠し続けてきたいじめ──花山隆史(40代)

僕が妹から暴言・暴力を受けるようになったのは数年前からです。妹は既に実家を出てひとりで暮らしていたのですが、時々、両親が不在の時間帯に帰ってきては僕に酷い暴力を振るうのです。

「おまえ、いつまでここにいるんだよ!」

リビングのソファーで寝ていた僕は、妹の怒声で叩き起こされました。僕は脇腹を蹴られ、あまりの痛さに床に倒れ込みました。

「汚いんだよ、ゴミ!」

うずくまる僕の背中を妹は何度も蹴り続け、頭を踏みつけました。そして僕の足を持ちベランダまで引きずり出すと、中から鍵をかけてしまったのです。

「頼む、開けて!」
真冬の寒空に僕は放り出されました。あまりの寒さに、僕は叫び続けました。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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ところが、妹はガラス越しに、

「飛び降りろ!」
分厚いガラス戸の向こうで、そう言っているのがわかります。

「飛べ! 飛べ!」
妹は下を指さしながら、そう言いました。それから一時間近く、僕は薄着のままベランダに放置されていました。

しばらくして暖かい空気を肌に感じたと思ったら、僕は家の中に引きずられていました。手足の感覚がなく、身体中痛くて立つこともできません。

「ほら早く行けよ! お母さん帰ってくる」

妹はまた何度も背中を蹴ったり頭を踏みつけたりしました。

「早く立てよクズ!」

妹は僕の髪を摑み上げ、立たせようとしました。身体に力が入らず、もたもたしているうちに玄関の鍵が開けられる音がしました。母が帰ってきたのです。

「やだ、寒いじゃないの」
妹は慌てて開いているベランダの引き戸を閉めました。

「隆史、どうしたの!」
 倒れている僕を見て、母が駆け寄ってきました。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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「ベランダに人がいるなんて思わないから、鍵を閉めて出かけただけだよ。そっとしときなよ、どこも悪くないんだから」

妹はそう言って、心配する母親を宥めていました。

太陽が照り付ける真夏の午後も、今日と同じように妹が突然家に戻ってきて僕に暴力を振るい、ベランダに引きずり出し鍵をかけました。妹はそのまま出かけてしまい、僕は放置され、熱中症で倒れていました。

その時も妹は母に、ベランダに僕がいることに気づかずに鍵をかけてしまったと言い訳し、僕も否定しませんでした。妹にいじめられているなんて口が裂けても言えません。

僕は、妹の結婚を破談にしてしまったのです。だから彼女は僕が死んでくれることを心の底から望んでいます。

正直、生きる希望なんてありません。ただ、妹に促されて死ぬのだけは嫌だと、ここまで踏ん張ってきました。

陰口を叩かれる母親

僕の父親は評論家で、一時はテレビにも出ていた知る人ぞ知る人物です。父は東京の国家公務員の両親のもとに生まれ、東大を出てテレビ局に入社しました。母は地方の出身で、父が地方勤務の時代に知り合って結婚したそうです。

僕は花山家の長男として生まれ、ひとつ下に妹がいます。僕は生まれた時から身体が弱く、喘息持ちでアトピーも酷かったんです。

夏場は半袖を着たくなかったし、水着になることもできないほどでした。僕は皮膚病を理由に水泳の授業は免除されていました。別にプールに入ってはいけないことはないんです。ただ、見た目が悪いだけで……。僕はプールサイドで、いつも元気にはしゃぐ同級生たちに羨望の眼差しを送っていました。

写真はイメージです(PhotoAC)
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僕が通っていた小学校は私立ですから、いじめも暴力的ではなく陰湿です。

「隆史君、先生と一緒に食べようね」

アトピー肌の僕を見ると食欲が失せるとでも苦情が出たのでしょう。アトピーが悪化した時期は、給食は僕だけ先生と食べていました。

僕の母親はとにかくでしゃばりで、人の上に立たないと気が済まない女性でした。PTAや地域のまとめ役を積極的に引き受けていたと思います。母は田舎のサラリーマン家庭の娘で、短大しか出ていません。昔、地方では特に女性に学歴は必要ないと言われていたので、それが普通だったのでしょう。

父はエリートで、同僚の奥さんたちもたいてい有名女子大卒のお嬢様です。父との学歴格差に、母は水商売をやっていたのではないかという噂が流れた時期があり、僕はそれを理由にいじめに遭っていました。

「お水の息子」

中学生の頃、こんなことを書かれた紙が下駄箱やロッカーに入っていることがありましたが、とても母には言えませんでした。僕が反論しないので、次第にいじめはエスカレートしました。

写真はイメージです(PhotoAC)
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ある日廊下を歩いていると、誰かに突き飛ばされ僕は転んでしまいました。すると、

「おい待てよ」

妹が飛んできて、僕を転ばせた奴の首元を摑んで職員室まで連れていったのです。妹はバレーボール部に所属していて男勝りで、幼い頃から僕より背が高く筋肉質でした。

いじめっ子たちは皆、妹に吊るし上げられ、それ以来僕がいじめられることはなくなりました。

妹はバレーボール部のエースをしていて、高校生になると、街でスカウトされることもあるほど美人でスタイルが良かったのです。僕が妹の兄だとわかるとスクールカーストが上がり、それもあっていじめはなくなっていきました。