労働意欲の喪失
学校だけでなく会社でもいじめやパワハラの被害を受けた僕は、社会に出ることを諦めました。家には働かなくても僕ひとりが生きていくには十分すぎるお金があります。別に外で働かなくても投資でもして資産を増やすことだってできるだろうし、僕は再就職しないと母に宣言しました。
納得とまではいきませんが、母も半ば諦めた様子でした。ただ、こんな僕でもパートナーがいた方がいいと、NGO団体でボランティアをしている女性を紹介されました。
高橋葵という女性は僕と同い年でしたが、服装が落ち着いているからか、少し年上に見えました。特に美しいわけではなく、かといって醜いわけでもなく、付き合うかどうかは性格次第かなと思いました。
ふたりで食事をすることになったのですが、人の話を聞かずに料理にがっつくマナーの悪さや相手への配慮のなさに僕は興ざめしました。ニートのくせに、「翻訳家」とまで豪語するところも引いたし、その見栄に知性が追い付いていない印象を受けました。
「私はあんたにはもったいないわ」
と言わんばかりの傲慢な態度。こっちから願い下げです。
バレーボールが得意な妹は、スポーツ推薦で有名大学に入学しました。幼い頃から成績も良く、器用に何でもこなすタイプです。卒業後しばらくは企業のバレー団に所属していましたが、引退後はスポーツキャスターとして活躍するようになりました。
妹はある企業の重役の息子と交際しており、結婚を考え始めていました。
僕が仕事を辞めて家にいるようになると、僕の存在が結婚の足枷になるのではと心配していたようです。世間では元農水事務次官の長男が引きこもりで、その家庭内暴力に耐えかねた父親が息子を殺害するといったショッキングな事件が世間を騒がせていました。
僕たちのような裕福な家族にはニートや引きこもりは少なくないのです。だからこそこの時期、家族にそういう人がいないか、結婚を考えている人たちは敏感になっていたはずです。
文/阿部恭子













