(2)さまざまな体験例、具体例を出す
苫野 ではここから、具体的な例をどんどん挙げていけたらと思います。「こういう時に自分は自立していると感じるなぁ」とか、「こういう人は自立していると思う」といった体験例、ありますか?まずはもう一度順番に一周して、そのあとは思いついた人からランダムに出していきましょうか。もちろん、思いつかない場合はスキップして全然大丈夫です。さっきと反対回りで、Dさんからお願いしてもいいですか?
→場が温まるまでは、あえて全員が発言できる機会を確保することを意識しています。温まってくると、ポンポンと言葉が飛び交うタイミングが訪れるはずです。
Dさん(社会人2年目) つい先日、母親と2人旅をしたんです。その時は、お金も自分が出して、宿の手配なども自分がやりました。その時は「自立したなぁ」と感じました。
Cさん(大1) 親や教師に言われた通りに勉強して、いい大学に入った友人もいれば、大人には従わずに、自分の志を貫く進路を選択した友人もいます。僕の好みかもしれないんですが、後者のほうがなんだか自立しているなと感じるところがあって……。
Bさん(中2) 似てるかもしれませんが、周りの意見や風潮に流されずに、自分を持っている人は自立してるなって思います。あと、この前、鹿児島の実家から東京に1人で行ったんですが、その時は自分が自立してる気がしました。
Aさん(高1) これは律するほうの自律なのか立つほうの自立なのか分からないんですが、毎日ちゃんと勉強して、課題を整理して、提出物の期限なんかもちゃんと守られている人は、ジリツしてるなって思います。
苫野 なるほど。それはなんとなく「自律」のほうな気もするけど……どうでしょう。あとでぜひ深掘りしていきましょう。じゃあここからは思いつくままにどんどんテーブルの上に事例を挙げていってもらえますか?
Bさん(中2) ちょっと疑問にも近いんですけど、さっき東京に1人で行ったって言ったんですが、そのお金は親が全部出してくれて……。それって結局、自立しているって言えるのかなぁと。
苫野 最初にBさんが言ってくれた、経済的自立と精神的自立の関係ですね。これもぜひ明らかにしたいね。ちょうど、いまBさんが「これは自立なのかな、どうかな」と言ってくれましたが、「これは自立とは言えない」という事例もあれば挙げてもらえますか。反対事例がたくさん挙がると、そこから逆照射して「自立」の本質が浮かび上がってくるかもしれません。
→ファシリテーションのコツで挙げた、「反対の事例にも目を向ける」です。
Dさん(社会人2年目) 反対事例じゃないかもしれませんが、私は昔からよく「自立心旺盛だね」って言われてたんです。自分のことは自分で決めて、進路も人に相談せずに決めて。でもそれって、「自立心」であって、「自立」ではなかった気がするんです。Bさんが言ったように、経済的には親に依存していたし。
苫野 なるほど、それはおもしろいですね! 自立と自立心は、確かにちょっと違うかも。これも類似概念として比較して考えると、自立の本質がより見えてくるかもしれないですね。
Aさん(高1) それで言うと、会社員だって、会社からお金もらってますよね。社会の一員である以上、結局みんな依存関係にあるんじゃないですかね。
苫野 おもしろいですね。そう言えば、小児科医の熊谷晋一郎さんが、「自立とは依存先を増やすこと」って言われていますね。自立と依存は対立するものじゃないのかもしれないですね。どう考えればいいか、あとでまたじっくり考えましょう。
→本質観取は、それぞれの「体験」を持ち寄るのが原則で、外部の知識を披露する場ではありません。ただ、その場の対話に資するのであれば、その限りにおいては絶対にNGというわけではありません。あまり多用しないようにしたいとは思いますが。
→対話の途中で出てきた疑問点も、ピン留めしておくといいでしょう。















